世良真純に「私より3倍強い」と発言させたジークンドーの使い手が世良の兄、赤井秀一。赤井は安室のボクシングを相手に迫力ある戦闘シーンを見せましたが、ここで赤井がボクシングのパンチを受けるのに活用したのがジークンドーのボンサオ。
しかしこのボンサオには武術の秘密が。今回はそのナゾに迫ってみましょう。
赤井が安室相手にジークンドーの技を見せるのは観覧車の上、という不安定な足場でした。ボクシングは滑らかな床の上ではないとインステップしにくい格闘技ですが、赤井の使うジークンドーの手技は詠春拳という南派拳術がベースとなっているため、足場の悪い場所でも使用が可能。
すなわち戦いの設定時点で既に赤井が有利だったと専門家なら推察するでしょう。
中国では南船北馬というように、北方の拳術は馬にのる歩形が多く、南方の拳術は揺れる舟の上でもしっかりと立てるような歩形が多いのです。
さて、その赤井。鋭い安室のパンチをどうかわしたか?
まず両者とも右足前。すなわちサウスポー構え。安室はサウスポーからワンツーを出すので右拳、左拳で攻めます。
まず、最初のワンを赤井は内側から肘を上げてガード。形としてはボンサオ。
次の左ストレートを内側から右手を上げてブロック。タンサオの変化のようです。
さらにこの後の戦闘でも赤井は安室の右ストレートを右肘を上げてボンサオらしき動きで受けているシーンがでてきます。
この迫力あるシーンは動画スタジオにボクサーとジークンドーの使い手を呼び、その動きをトレースしたと言う伝説があります。
しかし、専門家から見たらこの伝説は疑問です。なぜか?
まず赤井のように、相手の右ストレートを内側からボンサオで受けるのは、原則として武術では好まない動きです。安室がすぐに左ストレートを打ってきたように、相手の動きに素早く対応しなければならなくなるからです。
武術でも格闘技でも、受けるだけではいつかはやられてしまうため、素早く反撃するか、
相手に連打をさせないポジション取りをする必要があります。
そう、前回の世良のラプサオの回でも書きましたが、武術は格闘技と違い、相手の腕の外にポジション取りしやすい攻脈線を意識して受けを行います。
では、攻脈線を意識したジークンドーのボンサオの動きとはどのようなものか?
世良の動きのモデルと推察される竹内先生ご自身に示してもらいましょう。
まず、左のボンサオは相手の右手でなく、左手に反応させる。
そうすると自分は左のラプサオに繋げやすく、
相手を引き崩しつつグワチョイ(裏拳)。これなら自分は安全なポジションを確保しつつ、さらに連打もくらいません。これが武術の理想の動き。
しかし、戦いの中でいつも攻脈線を取れるとはかぎりません。内側からボンサオを行わざるを得ない曲面もあります。
当然相手の左拳が飛んできますが、この時は赤井のように右手で受けるだけでなく、左拳も同時に出すのがジークンドーの手法。右のタンサオと左のチュンチョイを同時に出すのでタン・ダとブルース・リーは呼んでいました。
相手の右拳を右手で内からボンサオで受ける。
すぐに相手の左拳が飛んでくるのでタンサオで受けると同時に左のチュンチョイを出す。
いずれも相手のパンチに対し、一瞬で勝負をつけてしまう武術的な動きです。
おそらく、これでは赤井と安室の戦いが一瞬で終わってしまうと考えた動画担当者が、ジャッキー・チェンの映画のように、パンチを受け続けるカットを描きたかったのでしょう。
結果として、本当にジークンドーとボクサーの戦いをトレースしたのではないか、とファンに語られるような迫力あるシーンを描けたのですから動画担当の読みは外れてたとも言えません。
ただし、戦いをトレースしたと言う伝説は間違いですね。
でも、マニアならここで追求を終わらせません。
確かにジャッキーは映画の中でパンチを受け続けるカットを良く見せます。しかも、
ブルース・リーがあまり映画の中で見せることのなかったボンサオをジャッキーは多用しているのです。
そのボンサオは、動画担当が考えたように、内側から行なっているのでしょうか。
実は違うのです。
ジャッキーは竹内先生が示したように、右のボンサオは相手の左拳に行い、必ず攻脈線を取るように意識しています。
「笑拳」でヤム・サイクンを相手にボンサオを見せるシーンを見てみましょう。
ヤムの左手攻撃を右肘で跳ね上げたら、
肘を中心に右手は内から外に回し、
相手の左手の外から右甲で左手を叩きおとしています。見事な攻脈線取りです。
ちなみに、ジャッキーのボンサオは正確に言うとジークンドーの元となった詠春拳の技法ではなく、香港で広まっている洪家拳のものでしょう。
ショウブラザーズなどで武術指導を行なっていた劉家良は洪家拳の使い手であり、有名な無影脚の黄飛鴻の正統伝承者。ちなみに黄飛鴻は香港では有名で、彼を主人公にしたカンフー映画は80本以上。同一人物を主役にした記録として世界一。ギネスブックにも乗っています。
これだけ洪家拳の映画を取り続けているのですから、ジャッキーの武術アクションも基本は洪家拳というわけです。
そして洪家拳も武術なので、ジャッキー自身、受けの際に攻脈線を取ることには異様なこだわりを見せています。
それが良く現れているのが、ジャッキー自身が武術指導の大御所、劉家良とトラブり、自分が武術指導をすることになった「酔拳2」。ちなみにこの映画、酔拳と言いながらジャッキーの役名はなんと洪家拳の黄飛鴻です。
ラストではジャッキーのボディガードもやっていた元キックボクサーのロウ・ホイクォンと素晴らしいアクションシーンを作りだしています。
そこでのジャッキーは、格闘技的なロウの動きに対し、自分はあくまでも武術の理を生かし、攻脈線を取り続けようとします。
しかし、ロウも格闘技のプロ。ジャッキーの動きにフェイントをかけ、思わず外からではなく、内から受けさせ、ボディ攻撃。これを機にジャッキーはピンチに陥る、というシーンがあります。
ロウの左パンチをジャッキーは左手で外から受ける。見事な攻脈線取り。
次の右パンチはスウェイ。この辺はリアリティがあります。
さらに次の左パンチを右手で外から受ける。ギリギリ攻脈線を保ちます。
しかし、次のパンチのフェイントにかかり、左手で内から上段受けをしたとたん、ボディにパンチをもらってしまいます。
武術を知っている人間にしか伝わらないこだわりのシーンですが、それだけにジャッキーの主張が込められている気がします。
私にはジャッキー自身のブルース・リーに対するコンプレックスが透けて見える気がします。
ブルース・リーは本物の武術家だが、ジャッキーは武術家ではない、と常常言われてきたであろうジャッキーが、自分も武術にはこれだけこだわりを持っているんだ、とこっそりと主張したかったんではないでしょうか。
もし、赤井のボンサオを表現した動画担当者も、ジャッキーのこのこだわりに気づいていたら、もう少し違ったアクションを描いていたかもしれません。
今回はジャッキー・チェンに教えられることが多かったですね。














