劇画「拳児」の秘伝技を分析 その5 打開に秘められた李書文の戦闘法とは? | 山田英司の非officialブログ 利用客の多い武道駅 マニアックだからホントに迫れる

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八極拳の有名な動作と言えばなんと言っても打開でしょう。馬歩になり、両手を豪快に開く動作はいかにも八極拳らしくてダイナミック。

しかし、同時にこの技ほど用法があいまいな動作はないかもしれません。

拳児の中でも張先生は打開には、一般向けの用法とそうでないものがある、と語っていますが、今回はこのナゾに迫ってみましょう。



両手を開く打開の動作は大八極に出てくる動作。拳児は張先生からこれを学びます。

しかし、そもそも大八極と呼ぶのは武壇だけで、他派では単打とか大架とか長拳、もしくは八極拳などと呼んでいます。

武壇の小八極を学ばなかった拳児でしたが、なぜか大八極は張先生から武壇系の型を学びました。この時の打開の動作は両手の指先を左右に向けたフォームです。



左拳を打ちおろした時の角度は間違っていますが、型は武壇の大八極のようです。打開の両手は指先を左右に開いています。


松田先生は拳児の中で武壇の小八極の動きは紹介しませんでしたが、大八極はさりげなく紹介してしまいました。これは当時の松田先生の小八極と大八極に対する価値観が反映された為と思われます。

これはどこまで書いていいのかわかりませんが、当時の劉雲樵先生の考えも反映されていたようです。



一般的に大八極は二人組んで行う対打の動きを一人で行うものです。中央國術館では、この対打と八極拳が採用され、八極拳は一般に広まることとなりました。

したがって一般的に大八極の打開は両手の指を左右に開き、相手の胸を強く打たないような形になっています。

これは呉家でも長春でも強氏でも一緒です。





呉連技先生の単打の対打。打開に相当する動きは左右の手を横にしています。


さて、では武壇の総帥、劉雲樵先生はどのような打開を行なっているでしょうか?

写真を見ると他派と同じく両手の指先は左右を向いています。ただ、他派より少し手の位置が低いのが気になりますね。

後で述べますが、実はこれには深い訳があります。



劉雲樵先生の打開のフォーム。両手の指先は左右に開いています。


さて、拳児はトニー譚との戦いで、思わず打開を使ってしまい、結構なダメージを負わせます。



トニー譚の攻撃をかわし、指を上に向けた打開で拳児は反撃します。


トニー譚得意の右正拳から左掌の攻撃を身を転じてかわしつつ、右足を踏み込みつつ、右掌をトニー譚の左脇に打ち込みます。この時の右手は指先が上。なんとこれまでの八極拳家の誰とも異なるフォーム。

作画家は大八極のフォームでも手の向きを間違えていたので、ここでも描き間違えたのでしょうか?

しかし、この絵に関してはそれはありえません。松田先生は、打開の手の向きには、非常にこだわりを持っていました。ましてや、このシーンは打開の裏の用法を語る重要なシーンです。

では、松田先生自身の打開のフォームを見てみましょう。

これは私が制作に携わった「戦士の詩」という松田先生のビデオ広告。



松田先生の打開の写真をメインにしたビデオ広告


パッケージ写真はスタジオで撮影したのですが、打開のフォームを私が要求すると、松田先生は「打開どっちでやろうか?指上に向けるのは秘伝だからな」と言い、最初は指を左右に開いたフォームで撮影しました。しかし、どうもパッとしません。

「先生、やはりいつものでいきましょう」と私が言うと「そうだな。どうせ見たってわかりゃしないしな」と言い、撮り直した経緯があります。


この松田先生のフォームの意味は漫画の中で張先生が語っています。

張先生の説明を要約すると「打開は別名、双撑掌。一般の人が行うのは明打の打開。選ばれた人だけは暗打の双撑掌を学べる。同じフォームに見えても発勁や用法が異なり、双撑掌は恐ろしい威力を発揮する。」

これはそのまま松田先生の言葉で、私も何度も松田先生から詳しい説明と指導を受けたものです。


こうした秘伝も、もう隠す時代ではないでしょう。むしろ正しく伝承することの方が大切だと思い、今回のオンラインクラスで私はその用法と勁を公開しています。


打開でなく双撑掌と呼ばれる暗打は、実は李書文が得意としたと言われる捨身法と爆発勁が隠されています。

捨身法は体を瞬間的に入れ換えて、相手の攻撃を避けると同時にカウンター的に攻撃を入れる戦闘法です。

武壇の八極拳には至るところにこの捨身法が隠されていますが、説明を正しく受けないとわかりません。




相手の攻撃を換歩してかわす捨身法


李書文が得意としたのは捨身法で素早く身をかわしつつ、身体の中心から勁を発し、相手の身体の奥まで浸透させる爆発勁でした。

その動きが一番わかりやすく型の中で表現されているのが双撑掌という訳です。

拳児はこの動きを思わず使ってしまった、というのが漫画の中の設定。現実には相当無理な設定ですが、武壇の双撑掌には他派の打開とは違う戦法と勁がある、ということを松田先生は言いたかったのでしょう。


双撑掌は、相手が突いてきたら、換歩のようにして身をかわしますが、ポイントはかわす空中で勁を発するのです。

するとノーモーションで手が相手の身体に接触するため、相手は避けられないだけでなく、接触した後、沈墜と十字が行われ、突然、勁が体内に進入します。

この理屈は今日では孝真会の川嶋先生が相対軸理論として発表されているので物理的に証明可能なものですが、この理論を知らなければ驚くでしょう。

双撑掌は極めて科学的に優れた相対軸運動でもあった訳です。



相手の突きが来たら



体を換えつつ、空中で自分の手が相手の胸に接触。



次に沈墜と十字で勁が進入。これが暗勁となります。


このように換歩しながら身体の中心から勁を打ち出すと手は直線的に最短距離を通ることになり、他派のように外から回して打つ軌道になりません。

では劉雲樵先生はなぜ他派のように指先を左右に開いていたのでしょうか?

その答えは手が少し下がっているフォームに秘密があります。

双撑掌は自分の身体の中心から勁を打ち出すため、上段、すなわち胸を狙う時は指先が上、中段、すなわち水月を狙う時は指先が水平、下段、すなわち下腹部を狙う時は指先が下になります。

もうお分りでしょう。最初の劉雲樵先生の手が水月の位置で水平を向いていた訳が。

他派は肩の高さで指先が水平になっており、一見そのフォームと似ていますが、実は張先生が語る通り「同じフォームに見えても発勁も用法も異なり、恐ろしい威力を発揮する」

そんなフォームを劉雲樵先生は表現していたのです。

まさに正しい教えと練習を積み重ねなくては分からない世界。伝統の武術は本当に奥深いですね。




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