なんだか変な映画でした。
初めの方に校長の悪夢が出てきます。
グラウンドのそこかしこに、首が刺さってたり、手が転がってたり、有り得ない光景です。
ちなみにこの高校、「正道高校」対戦相手は「外道高校」なんとわかりやすい!
すでにB級映画の匂いがします。プンプン香ってます(笑)
転校生登場。なんか番長風味。正道高校にも不良がいます。
野球部員が遠くに行ってしまったボールを探しに不良の巣窟へ!
もう展開見え見え。
ツッコミどころ満載過ぎて書き切れません(爆)
「てなもんやコネクション」以来の馬鹿映画でした。
第37回 新型インフルエンザワクチンで薬害を起こさないために 配信日:2009-08-12
新型インフルエンザに関する報道はめっきりと減りましたが、患者数は夏の間も増え続けています。8月4日、世界保健機構(WHO)は全世界の死亡者数は1154人に上ると発表しました。この中で、まだ死者が出ていない日本は驚異的ですが、日本で死亡者が出るのは時間の問題でしょう。
ちなみに、季節性インフルエンザでも毎年約1万人が死亡していますし、過去の経験から、2~3年もすれば、新型インフルエンザはそのまま季節性インフルエンザとなって流行を繰り返すと言われています。もっと、長期的視点に立って、新型インフルエンザ対策を考えたいものです。今回は、新型インフルエンザワクチンが抱える問題について、ご紹介したいと思います。
【エビデンスのない新型インフルエンザワクチン】
厚労省は、秋から冬にかけての流行に備えて、新型インフルエンザワクチンの購入を検討しています。このような報道を見て、皆さんは、「ワクチンは接種するのが当然だ。接種すれば感染を防げる。」とお考えではないでしょうか。
意外かもしれませんが、季節性インフルエンザワクチンには、あまり予防効果はありません。重症化を防ぐ可能性があると言われていますが、それも100%ではありません。その効果は、ワクチンの型が合っていない場合10~30%、型が合っていても40~80%程度です。
実は、厚労省が季節性インフルエンザワクチンの有効性を認めて、予防接種法に位置づけているのは、65歳以上と基礎疾患のある人だけです。裏返せば、厚労省は、それ以外の人々には定期接種するほどの安全性・有効性は明らかではないと考えていることになります。
では、新型インフルエンザワクチンの効果はどうでしょうか。新型インフルエンザワクチンも、季節性インフルエンザワクチンと同程度の効果と推測されていますが、世界中で初めて使うのですから、どの国もどの製薬企業も、十分なデータを持っていません。既に治験を始めている国もありますが、治験では、少数の患者を対象に、短期間しか観察できませんから、長期的な有効性や稀な副作用に関して十分な情報を集めることが出来ません。つまり、新型インフルエンザワクチンに関しては、有効性も安全性も、よくわからないまま使おうとしていることになります。
【副作用は避けられない】
このように考えると、我が国では、十分な議論をしないまま、エビデンスのないワクチンが多数の国民に接種されようとしていることになります。仮に、副作用の頻度が0.01%~0.001%程度であったとしても、数千万人にワクチンを接種すれば、数百人~数千人に副作用が起こり、重大な社会問題を引き起こします。
もし、新型インフルエンザの致死率が高く、ワクチンによる救命が期待できるなら、接種は合理的です。しかしながら、現時点で有効性・副作用に関する情報は限られています。誰もワクチンのリスクとベネフィットを天秤にかけることが出来ません。
このような状況の中、WHOは、ワクチンを大規模に接種すれば、副作用は避けられないと明言しています。さらに、各国が少数のデータで迅速承認するのであれば、安全性への配慮を忘れてはならないと警告しています。これは、WHO内にいる公衆衛生の専門家たちの発信ですが、専門家としての誠意を感じます。
ところが厚労省は、ワクチンの安全性について、国民に一切説明していません。あたかも、「すべてのワクチンには必ず副作用リスクがある」という当たり前のことを「隠して」いるように見えます。この点は、WHOの専門家とは対照的で、厚労省内で新型インフルエンザ対策を企画・立案する医系技官は、医師として大きな問題があると言わざるを得ません。
【日本の過去のワクチンに関する経験】
日本では、ワクチンの薬害訴訟が繰り返されてきました。例えば、種痘・インフルエンザ・三種混合(DPT)・新三種混合(MMR)などが挙げられます。このような訴訟のたびに、厚労省や自治体は予防接種を中止し、自らの責任を回避してきました。この結果、リスクとベネフィットのバランスについて、十分に議論されることはありませんでした。
ワクチン接種を中止すれば、ワクチンの副作用はなくなりますが、副作用が発生する人数よりもずっと多くの人が、ワクチンで回避可能な感染症に罹ってしまいます。皆さん、日本が麻疹や結核の罹患率が先進国で最高で、海外から「伝染病輸出国」と非難されているのはご存じでしょうか。これは、薬害事件の際に、十分な議論を怠ってきたツケです。
【米国の過去のワクチン薬害】
ワクチンによる薬害は、何も我が国だけが困っている訳ではありません。米国も、同様の苦い経験があります。
1976年、ニュージャージーでH1N1型の新型インフルエンザAが流行しました。この事態を憂慮した米国政府は、早急にワクチンを開発し、4000万人以上に接種しましたが、ギラン・バレー症候群という神経系の副作用(先日、亡くなった大原麗子さんの病気です)が多発し、ワクチン接種は中止されました。この件は様々なメディアで報道され、当時のニクソン大統領は議会で責任追及、CDC長官は更迭されました。
この事件に関しては、後日、多くの研究者が検証し、さまざまな問題点が明らかになっています。例えば、ギラン・バレー症候群の発生率は100万人あたり、ワクチン接種していない集団で0.97人、ワクチン接種した成人の集団で4.9~11.7人でした。以上の事実は、この時に開発された新型インフルエンザワクチンが、「危険」だったことを意味しています。
【米国は過去に学んで無過失補償制度を整備】
この事件をきっかけに、米国ではワクチン副作用に関する国民的議論が巻き起こりました。その結果、米国では1988年に、National Vaccine Injury Compensation Program (VICP)が設立され、ワクチンによる副作用が発生した人は、十分な補償を受けることができるようになりました。従来、副作用が起きた人は、訴訟を起こして賠償金を請求する以外に、救済を求める方法はなかったのですが、VICP設立によって、国・ワクチンメーカー・医療関係者など、誰かの責任追及をせずとも、補償を受ける道が開かれたのです(無過失補償制度)。これによって、無過失補償を受けるか、あるいは無過失補償を拒否して訴訟を起こすか、米国民は選択できるようになりました。
VICPが支払う補償の財源は、ワクチン一本に75セント上乗せされた税金で賄っています。つまり、誰に起こるかわからない副作用リスクに対して、ワクチン接種を受ける人々が保険をかけているようなものです。
【弥縫策に終始した厚労省】
米国の経験は、副作用と薬害は区別して考えるべきことを示しています。副作用はなくなりませんが、薬害は社会的な議論を通じて克服できるかもしれません。
一方、日本の薬害対策は弥縫策に終始しています。厚労省は、薬害事件が起こるたびに、ワクチンを定期接種の対象から除外したり、定期接種といえども任意(自己責任)で接種するように、予防接種法改正してきました。この結果、予防接種は国家賠償訴訟の対象からはずれ、賠償責任は医療現場や製薬企業に押しつけられました。これでは、厚労省が責任回避したと言われても仕方ありません。
私は、厚労省こそが訴えられるべきだと主張している訳ではありません。問題は、ワクチン被害の救済の機会が平等でないことです。現行制度では、訴訟した人だけが補償金を受け取り、訴訟しなかった人は泣き寝入りです。新型インフルエンザワクチンが、国民的な関心を呼んでいる今こそ、国民が納得できる救済方法はどうあるべきか、建設的な議論をすべきではないでしょうか。このままでは、新型インフルエンザワクチンでも、薬害を繰り返しそうです。
【新型インフルエンザワクチンと予防接種法】
これまでの配信で、新型インフルエンザ騒動では、厚労省の不適切な対応が医療現場を混乱に陥れたことを紹介してきました。実は、インフルエンザワクチンでも混乱が生じそうです。
問題は、新型インフルエンザワクチンが予防接種法に位置づけられていないことです。このままでは、新型インフルエンザワクチンは定期接種の対象とはならず、国が予算措置したとしても、副作用の補償は、国の被害救済制度ではなく、製薬企業の拠出金で賄われることになります。両者では雲泥の差です。
この問題は製薬企業にとっても深刻です。新型インフルエンザワクチンを販売する外資系製薬企業は、無過失保障制度が整備されていない国とは契約したくはありません。副作用が出た場合、自らが訴訟のリスクを負いかねないからです。あまり、マスメディアでは報道されませんが、ワクチンの副作用対策について、多くの先進国は責任追及と被害救済を分けて議論しています。ワクチン製造や承認に関わった製薬企業や審査当局は、所定のプロセスを踏んでいれば免責されます。つまり、訴えられません。日本は明確なコンセンサスがなく、事件毎に司法判断を仰ぐことになります。
一方、被害者の救済は、国家が責任をもって対応しようとしています。残念ながら、我が国では何れも不十分です。独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)は医薬品副作用被害救済制度を運用しており、重篤な副作用が生じた患者を救済しています。法定予防接種以外のワクチンの被害は、この制度で救済されます。この制度自体は素晴らしいものですが、認知度が低く、患者本人の申請に基づくため、十分に活用されているとは言えません。年間の申請数は700-900件程度に過ぎません。これでは、十分に運用されているとは言えません。
ちなみに、法定予防接種は、予防接種健康被害救済制度という別個の制度があり、補償は手厚いのですが、近年のワクチン薬害で対象が絞られつつあります。懸案の新型インフルエンザワクチンが法定予防接種に認定されなければ、ワクチン副作用が生じても、この制度の恩恵に預かることは出来ません。
本来、新型インフルエンザワクチンは、公衆衛生上の目的で、国策として接種するのですから、きちんと予防接種法に位置づけるべきです。先進諸国は、新型インフルエンザを公衆衛生上の危機と位置づけ、国策として取り組んでいます。現在、新型インフルエンザワクチンの供給は不足し、完全な売り手市場です。この状況では、我が国でワクチンのリスク・ベネフィットについてコンセンサスが確立され、いざワクチンを輸入しようとしても、希望する量のワクチンが確保できないかもしれません。
余談ですが、民主党の足立信也参議院議員は、この問題に熱心に取り組んでいます。
日本では薬の副作用以外、つまりお産を除いて手術や検査などでの医療事故に対する無過失補償制度はありません。先月、民主党が発表したINDEX2009医療政策の中には「無過失補償制度の創設」という項目が設けられ、「産科のみならず、すべての診療科」で公的無過失保障制度を整備すると明言しています。補償の原資は、保険料、公的保険料、公的支出とし、制度運営のための基金を設立するとしています。時宜を得た政策だと評価します。
【もっと大人の対応を!】
新型インフルエンザワクチンの導入にあたって、リスクとベネフィットをどのように考えるか、国民的な議論が必須です。ところが、マスメディアはこの問題を全く報道していません。このため、多くの国民は十分な判断材料を持ち合わせません。これまでのメディア報道を見る限り、多くの国民は新型インフルエンザワクチンを有効と信じ、十分量のワクチンが確保出来れば、「国民皆接種」すべきだと考えているように見うけます。
しかしながら、一旦、副作用が報道されたら、世論は一変するでしょう。きっと、ワクチンの問題点を挙げ、製薬企業や厚労省を糾弾すると思います。これでは、いつか来た道です。羮に懲りて膾を吹く。我が国は、必要以上にワクチンのリスクを強調し、ワクチンの使用を控えるようになるでしょう。これでワクチンラグの完成です。結局、困るのは自分たちですが、自縄自縛となって動けません。そうならないためにも、今まさに、もっと大人の議論をしようではありませんか。
出典:JMM(Japan Mail Media) http://ryumurakami.jmm.co.jp/
※無断転載厳禁です。この情報を広めたい方は、リンク、またはトラックバックの形で
対応をお願いします。
新型インフルエンザに関する報道はめっきりと減りましたが、患者数は夏の間も増え続けています。8月4日、世界保健機構(WHO)は全世界の死亡者数は1154人に上ると発表しました。この中で、まだ死者が出ていない日本は驚異的ですが、日本で死亡者が出るのは時間の問題でしょう。
ちなみに、季節性インフルエンザでも毎年約1万人が死亡していますし、過去の経験から、2~3年もすれば、新型インフルエンザはそのまま季節性インフルエンザとなって流行を繰り返すと言われています。もっと、長期的視点に立って、新型インフルエンザ対策を考えたいものです。今回は、新型インフルエンザワクチンが抱える問題について、ご紹介したいと思います。
【エビデンスのない新型インフルエンザワクチン】
厚労省は、秋から冬にかけての流行に備えて、新型インフルエンザワクチンの購入を検討しています。このような報道を見て、皆さんは、「ワクチンは接種するのが当然だ。接種すれば感染を防げる。」とお考えではないでしょうか。
意外かもしれませんが、季節性インフルエンザワクチンには、あまり予防効果はありません。重症化を防ぐ可能性があると言われていますが、それも100%ではありません。その効果は、ワクチンの型が合っていない場合10~30%、型が合っていても40~80%程度です。
実は、厚労省が季節性インフルエンザワクチンの有効性を認めて、予防接種法に位置づけているのは、65歳以上と基礎疾患のある人だけです。裏返せば、厚労省は、それ以外の人々には定期接種するほどの安全性・有効性は明らかではないと考えていることになります。
では、新型インフルエンザワクチンの効果はどうでしょうか。新型インフルエンザワクチンも、季節性インフルエンザワクチンと同程度の効果と推測されていますが、世界中で初めて使うのですから、どの国もどの製薬企業も、十分なデータを持っていません。既に治験を始めている国もありますが、治験では、少数の患者を対象に、短期間しか観察できませんから、長期的な有効性や稀な副作用に関して十分な情報を集めることが出来ません。つまり、新型インフルエンザワクチンに関しては、有効性も安全性も、よくわからないまま使おうとしていることになります。
【副作用は避けられない】
このように考えると、我が国では、十分な議論をしないまま、エビデンスのないワクチンが多数の国民に接種されようとしていることになります。仮に、副作用の頻度が0.01%~0.001%程度であったとしても、数千万人にワクチンを接種すれば、数百人~数千人に副作用が起こり、重大な社会問題を引き起こします。
もし、新型インフルエンザの致死率が高く、ワクチンによる救命が期待できるなら、接種は合理的です。しかしながら、現時点で有効性・副作用に関する情報は限られています。誰もワクチンのリスクとベネフィットを天秤にかけることが出来ません。
このような状況の中、WHOは、ワクチンを大規模に接種すれば、副作用は避けられないと明言しています。さらに、各国が少数のデータで迅速承認するのであれば、安全性への配慮を忘れてはならないと警告しています。これは、WHO内にいる公衆衛生の専門家たちの発信ですが、専門家としての誠意を感じます。
ところが厚労省は、ワクチンの安全性について、国民に一切説明していません。あたかも、「すべてのワクチンには必ず副作用リスクがある」という当たり前のことを「隠して」いるように見えます。この点は、WHOの専門家とは対照的で、厚労省内で新型インフルエンザ対策を企画・立案する医系技官は、医師として大きな問題があると言わざるを得ません。
【日本の過去のワクチンに関する経験】
日本では、ワクチンの薬害訴訟が繰り返されてきました。例えば、種痘・インフルエンザ・三種混合(DPT)・新三種混合(MMR)などが挙げられます。このような訴訟のたびに、厚労省や自治体は予防接種を中止し、自らの責任を回避してきました。この結果、リスクとベネフィットのバランスについて、十分に議論されることはありませんでした。
ワクチン接種を中止すれば、ワクチンの副作用はなくなりますが、副作用が発生する人数よりもずっと多くの人が、ワクチンで回避可能な感染症に罹ってしまいます。皆さん、日本が麻疹や結核の罹患率が先進国で最高で、海外から「伝染病輸出国」と非難されているのはご存じでしょうか。これは、薬害事件の際に、十分な議論を怠ってきたツケです。
【米国の過去のワクチン薬害】
ワクチンによる薬害は、何も我が国だけが困っている訳ではありません。米国も、同様の苦い経験があります。
1976年、ニュージャージーでH1N1型の新型インフルエンザAが流行しました。この事態を憂慮した米国政府は、早急にワクチンを開発し、4000万人以上に接種しましたが、ギラン・バレー症候群という神経系の副作用(先日、亡くなった大原麗子さんの病気です)が多発し、ワクチン接種は中止されました。この件は様々なメディアで報道され、当時のニクソン大統領は議会で責任追及、CDC長官は更迭されました。
この事件に関しては、後日、多くの研究者が検証し、さまざまな問題点が明らかになっています。例えば、ギラン・バレー症候群の発生率は100万人あたり、ワクチン接種していない集団で0.97人、ワクチン接種した成人の集団で4.9~11.7人でした。以上の事実は、この時に開発された新型インフルエンザワクチンが、「危険」だったことを意味しています。
【米国は過去に学んで無過失補償制度を整備】
この事件をきっかけに、米国ではワクチン副作用に関する国民的議論が巻き起こりました。その結果、米国では1988年に、National Vaccine Injury Compensation Program (VICP)が設立され、ワクチンによる副作用が発生した人は、十分な補償を受けることができるようになりました。従来、副作用が起きた人は、訴訟を起こして賠償金を請求する以外に、救済を求める方法はなかったのですが、VICP設立によって、国・ワクチンメーカー・医療関係者など、誰かの責任追及をせずとも、補償を受ける道が開かれたのです(無過失補償制度)。これによって、無過失補償を受けるか、あるいは無過失補償を拒否して訴訟を起こすか、米国民は選択できるようになりました。
VICPが支払う補償の財源は、ワクチン一本に75セント上乗せされた税金で賄っています。つまり、誰に起こるかわからない副作用リスクに対して、ワクチン接種を受ける人々が保険をかけているようなものです。
【弥縫策に終始した厚労省】
米国の経験は、副作用と薬害は区別して考えるべきことを示しています。副作用はなくなりませんが、薬害は社会的な議論を通じて克服できるかもしれません。
一方、日本の薬害対策は弥縫策に終始しています。厚労省は、薬害事件が起こるたびに、ワクチンを定期接種の対象から除外したり、定期接種といえども任意(自己責任)で接種するように、予防接種法改正してきました。この結果、予防接種は国家賠償訴訟の対象からはずれ、賠償責任は医療現場や製薬企業に押しつけられました。これでは、厚労省が責任回避したと言われても仕方ありません。
私は、厚労省こそが訴えられるべきだと主張している訳ではありません。問題は、ワクチン被害の救済の機会が平等でないことです。現行制度では、訴訟した人だけが補償金を受け取り、訴訟しなかった人は泣き寝入りです。新型インフルエンザワクチンが、国民的な関心を呼んでいる今こそ、国民が納得できる救済方法はどうあるべきか、建設的な議論をすべきではないでしょうか。このままでは、新型インフルエンザワクチンでも、薬害を繰り返しそうです。
【新型インフルエンザワクチンと予防接種法】
これまでの配信で、新型インフルエンザ騒動では、厚労省の不適切な対応が医療現場を混乱に陥れたことを紹介してきました。実は、インフルエンザワクチンでも混乱が生じそうです。
問題は、新型インフルエンザワクチンが予防接種法に位置づけられていないことです。このままでは、新型インフルエンザワクチンは定期接種の対象とはならず、国が予算措置したとしても、副作用の補償は、国の被害救済制度ではなく、製薬企業の拠出金で賄われることになります。両者では雲泥の差です。
この問題は製薬企業にとっても深刻です。新型インフルエンザワクチンを販売する外資系製薬企業は、無過失保障制度が整備されていない国とは契約したくはありません。副作用が出た場合、自らが訴訟のリスクを負いかねないからです。あまり、マスメディアでは報道されませんが、ワクチンの副作用対策について、多くの先進国は責任追及と被害救済を分けて議論しています。ワクチン製造や承認に関わった製薬企業や審査当局は、所定のプロセスを踏んでいれば免責されます。つまり、訴えられません。日本は明確なコンセンサスがなく、事件毎に司法判断を仰ぐことになります。
一方、被害者の救済は、国家が責任をもって対応しようとしています。残念ながら、我が国では何れも不十分です。独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)は医薬品副作用被害救済制度を運用しており、重篤な副作用が生じた患者を救済しています。法定予防接種以外のワクチンの被害は、この制度で救済されます。この制度自体は素晴らしいものですが、認知度が低く、患者本人の申請に基づくため、十分に活用されているとは言えません。年間の申請数は700-900件程度に過ぎません。これでは、十分に運用されているとは言えません。
ちなみに、法定予防接種は、予防接種健康被害救済制度という別個の制度があり、補償は手厚いのですが、近年のワクチン薬害で対象が絞られつつあります。懸案の新型インフルエンザワクチンが法定予防接種に認定されなければ、ワクチン副作用が生じても、この制度の恩恵に預かることは出来ません。
本来、新型インフルエンザワクチンは、公衆衛生上の目的で、国策として接種するのですから、きちんと予防接種法に位置づけるべきです。先進諸国は、新型インフルエンザを公衆衛生上の危機と位置づけ、国策として取り組んでいます。現在、新型インフルエンザワクチンの供給は不足し、完全な売り手市場です。この状況では、我が国でワクチンのリスク・ベネフィットについてコンセンサスが確立され、いざワクチンを輸入しようとしても、希望する量のワクチンが確保できないかもしれません。
余談ですが、民主党の足立信也参議院議員は、この問題に熱心に取り組んでいます。
日本では薬の副作用以外、つまりお産を除いて手術や検査などでの医療事故に対する無過失補償制度はありません。先月、民主党が発表したINDEX2009医療政策の中には「無過失補償制度の創設」という項目が設けられ、「産科のみならず、すべての診療科」で公的無過失保障制度を整備すると明言しています。補償の原資は、保険料、公的保険料、公的支出とし、制度運営のための基金を設立するとしています。時宜を得た政策だと評価します。
【もっと大人の対応を!】
新型インフルエンザワクチンの導入にあたって、リスクとベネフィットをどのように考えるか、国民的な議論が必須です。ところが、マスメディアはこの問題を全く報道していません。このため、多くの国民は十分な判断材料を持ち合わせません。これまでのメディア報道を見る限り、多くの国民は新型インフルエンザワクチンを有効と信じ、十分量のワクチンが確保出来れば、「国民皆接種」すべきだと考えているように見うけます。
しかしながら、一旦、副作用が報道されたら、世論は一変するでしょう。きっと、ワクチンの問題点を挙げ、製薬企業や厚労省を糾弾すると思います。これでは、いつか来た道です。羮に懲りて膾を吹く。我が国は、必要以上にワクチンのリスクを強調し、ワクチンの使用を控えるようになるでしょう。これでワクチンラグの完成です。結局、困るのは自分たちですが、自縄自縛となって動けません。そうならないためにも、今まさに、もっと大人の議論をしようではありませんか。
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ブログネタ:選挙についてどう思う? 参加中私は絶対に行くべし!派!
本文はここから
「どうせ投票しても変わらないし」
「誰を支持したらいいか分からない」
「支持している政党なんてないし」
こんなこと、考えていませんか?
僕も昔、そういう時期があったのでわかります。しかし、これは重要なことなのです。
1票の重さが地域によってバラつきがかなりあって、一票に満たない地区もたくさんあります。
僕の選挙区でも確か0.4票ぐらいだったと思います。
それでも、上記のような無関心が今の日本を作ってきたのです。
その意味で僕は昔の自分を恥ずかしいと思っています。
今若い世代の人たちには、これを機会に真剣に考えてほしい。
誰が、どの政党が自分たちの未来を描けそうか?
というよりか、「自分の理想に近い未来」あるいは、「自分が政治家ならこうしたい」という
視点で見てほしいのです。間違ってもいい。とにかく、考えて行動すること。
最悪、消去法でもいいでしょう。この政党は「これがいや」とか
「この人はこんなこと言うから信用できない」とか、そういう基準でもいいと思います。
厳しく監視しないといけないのです。
麻生さんは評判悪いけど、無茶苦茶なことはしてませんよ。
これは僕もマスコミの恣意的な報道にずいぶんごまかされましたけど(漢字の読み間違いとか)
政策を見れば、きちんとした経済政策は行われています。
ここで書ききれるものでもないので、首相官邸のホームページへ行って見てきてください。
あれがなかったら、日本経済はもっと酷いことになってます。
今は、ネットが発達しているから、かなりマシにはなってきているけれども
ニュースで切り取っている場面なんかかなり意図的に編集していることもあります。
生放送で見た映像をニュースで再度見たら、重要な場面をカットしてる、なんてのは実は日常茶飯事。
この面でみると、民主党の「記者クラブ制度廃止」なんてのは是非とも実現してほしいものです。
しかし、国旗を切り刻んで党のマーク作っちゃうような政党に果たして日本を任せてよいものか
非情な不安を感じます。賛否両論あるのは承知の上で書きますが、
「国旗」「国歌」を「軍国主義」と結び付ける短絡的な思考こそ、「戦前日本の思想」の
系統を継ぐものであると僕は思う。
話が脇道にそれた。
とにかく、自分なりに考えてそして必ず投票に行ってください。明日の日本を作るのは僕であり、
あなたなのです。
