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コウちゃんの雑記

日々のくだらない出来事、気になったことなどを書きます。

前に書いた、あるお店とのトラブルの経緯を覚書代りに書いておこう。

そもそもは、細かいところでいろいろ気に入らないことはあった。
細かすぎて覚えてはいないけど。

ある日、お店の開店時間数分前に「今日の開店遅れます」の旨の投稿があったから、「数分前のお知らせって、どうなん?」みたいな事を書いたら、
「どうせ客なんて来ねーし」

絶句したね。

まあ、そういう出来事もあったので、
だめだ、こりゃって感じでした。

トドメが、前回書いた話。

月曜日に、ママの誕生日が過ぎたばっかりでもあるので、行ってきた。

なんか店からのお詫びと、焼酎のボトルを入れてくれた。

まあ、それはいいんだけど、というかありがたいんです。

ただ、問題は全て解決したように思っているところが、「大丈夫かな?」と思わされる。

ちゃんと、自分にもいろいろまずいところが、あったとわかっていてくれれば良いのだけれども。

時々観察しにいくか。
こんなことを考えたきっかけは下記のエントリー

立ち読みって何が悪いの?
http://togetter.com/li/46420

「綿谷りさの26歳女子が主人公の新刊興味ある。「恋愛しなくちゃいけないんですか?」的な事が帯に書いてあった。読みやすい。立ち読みで2週間くらいかけて読もうと思う。」


元の発言者は非常識な感覚の持ち主だと、他の発言者はだいたい思っている。
僕もそうだ。

全部読むこととさわりだけ読むのとどこが違うんですか?

などと、なんとも信じられない発言の数々。

「常識は崩壊した」なんて言われていますが、「非常識な人」というのは
おそらく昔から一定数いたのではないかと思います。
それがネットという新たなメディアで目につきやすくなっただけのことではないかと。

このようなメディアが出来る前は広く世間に知れ渡る出来事はマスメディアを通じてしか
目にしなかった。すると人は基本的に自分の所属するコミュニティでのみ
そのような「非常識」な人間を見ることは無い。
そして、今と比較すると「強制力」が強かったであろう。この力が弱まったところを
捉えるなら確かに「常識の崩壊」というのは言えるかも知れない。

自由と自分勝手を履き違え「誰にも迷惑掛けてないからいいでしょ?」
そういう発言をよく目にして耳にする。
たいがいそういうのはどこかで誰かが迷惑を被っていたりするのだが、彼らにはそれは見えないのだ。

電車の中で化粧するのもそう。誰が得するんだ?本人は「時間の節約」と思っているかも知れない。
しかし、時間以上に損をしているはずだ。そう、化粧前の顔を晒すという損を。
ベースメークしてるから大丈夫とかそういう話ではない。例え近くに居なくてもはっきりと
迷惑だ。舞台裏を社会に晒すってのはいったい何の嫌がらせだ?

話がだいぶそれた。どうにもあれは個人的に許せないのだ。

でもこの議論を見ていてある程度安心もした。
殆どの人はなんとかして、「本を立ち読みだけで済ませる非常識」な行為を
止めさせようとしていたから。

昔は昔は、という人はもう一度よく考えて欲しい。
一人も非常識な人はいなかったですか?
大阪環状線をhomeで待っていると、やたら元気な外人さん登場。
かなり飲んでいる様子。
電車に乗ったら、なんか向かいの女子三人と会話。
もちろん、英語。
どんな有名人が好きだとか、なんか歌を歌えとか、とにかく大騒ぎ。
若くてまあまあ、かっこいいし、女の子らもかなりはしゃいでいた。
その中で外人さんの一言こわ印象に残った。
FACEBOOKやってる?
彼女らはもちろん、頭に?マーク。
速攻で、外人さんは諦めてました。
そして話題を変える。
繋いでやれば、よかったかとも思ったが、やっぱり面倒だ。
僕もアカウント作ってほとんど、放置だしな。なんかやっぱりインタフェースが馴染めないのもあるんだけど。
まあ、しかしそういう機会に使えるとわかったのでこのまま放置しておこう。