5月10日放送のNHK総合「逆転人生」をご覧になった視聴者の方々からは

 

「お母さんとの関係が良くなるといいですね」というメッセージをいただきました。

 

そのお気持ちは大変有難いですし

 

私としても、親がアディクション(依存症・嗜癖)を脱することができたら嬉しいと思いますが

 

アディクションを解決できずに生涯を終える人が大半なのが現実です。

 

1万人に1人くらいの割合で解決できる例外的なケースはありますが

 

残念なことに、ほとんどの人はアディクションを解決できません。

 

アディクションには、それほどに深刻な闇があるのです。

 

その親のもとに生まれた子どもも

 

かなりの高確率で、その親の影響を強く受けた人生を送ることになります。

 

私の場合は、費用と時間とエネルギーをかけて

 

森田療法やカウンセリングで治療をしたので

 

健全さを手に入れることができました。

 

自分の闇と向き合わず、治療から逃げていたら

 

親と同じ道をたどっていたことは否めません。

 

 

 

 

 

 

 

「逆転人生」では放送時間の関係で紹介されていませんが

 

親がアディクションを抱えているという状況の方には

 

ぜひ心構えや人生の再構築の方法を知ってほしいと思い、この記事を綴ります。

 

 

 

 

この記事では、下記の5つの点をお伝えします。

 

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①アディクション(依存症・嗜癖)とは何か?

 

②アディクション(依存症・嗜癖)を脱することはできるのか?

 

③原理主義の新興宗教はアディクションなのか?

 

④親がアディクションを抱えている場合の覚悟とは?

 

⑤負の連鎖を断ち切るための解決方法とは?

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①アディクション(依存症・嗜癖)とは何か?

 

ある習慣に「不健康にのめりこんだ・はまった・とらわれた状態」を

 

アディクション(依存症・嗜癖)といいます。

 

アディクションの対象は、下記のように様々です。

・アルコール依存
・薬物依存
・パチンコ・競馬・麻雀などのギャンブル依存
・体型や食べ物にとらわれていく摂食障害
・ショッピング依存
・恋愛依存
・セックス依存
・リストカットなどの自傷行為

 

 

②アディクション(依存症・嗜癖)を脱することはできるのか?

 

ほとんどの人は、アディクションを脱することはできません。

 

治療を開始したとしても、「薬物依存」から抜けられなかったり

 

「薬物依存」から「ショッピング依存」へスライドしたりするなど

 

依存自体から抜けるのは大変困難です。

 

 

③原理主義の新興宗教はアディクションなのか?

 

「原理主義の新興宗教への信仰がアディクションである」という解釈を発表したのは

 

私が日本初になります。

 

私の解釈では、原理主義の新興宗教への信仰はアディクションです。

 

2016年の1月に出版された『解毒』(角川書店)にそのことを綴りました。

 

『解毒』24ページ「なぜ洗脳されるのか?」という見出しの箇所でそのことを詳述していますので

 

その部分をお読みいただければ幸いです。

 

 

解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記 (角川ebook nf)

 

 

 

④親がアディクションを抱えている場合の覚悟とは?

 

身内のアディクションというテーマで真っ先に思い出す映画があります。

 

それは、1987年公開の映画『ラストエンペラー』です。

 

親がアディクションを抱えているという状況の方は、ぜひこの映画をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

『ラストエンペラー』は、清朝最後の皇帝にして満州国の皇帝溥儀(ふぎ)の生涯を描いた作品です。

 

私はこの映画を映画館で観ました。

 

今でも忘れられないのが、溥儀が皇后の婉容(えんよう)と再会するシーンです。

 

映画の後半、溥儀は皇宮に戻ってきた婉容と再会しますが

 

婉容はアヘンの中毒症状で変わり果てた姿になっていました。

 

婉容を見た時の溥儀の反応が、私の親に対する心境です。

 

アディクションを抱えた親に対しての気持ちを整理する時に必ず思い出すのが

 

10歳の時に観た『ラストエンペラー』のこのシーンなのです。

 

「希望を持つ」とか 「肉親だから、いつかなんとかなるだろう」という次元の話ではないことが

 

このシーンを見ると理解できるはずです。

 

この葛藤を経験した上で、すべてを受け入れるのが

 

アディクションを抱えた親のもとに生まれた子供の命題です。

 

 

⑤負の連鎖を断ち切るための解決方法とは?

 

「肉親だから、いつかなんとかなるだろう」という次元の話ではないことを受け止める作業と並行して

 

負の連鎖を断ち切るという作業が必要になります。

 

それは、親が成し遂げることができなかった「人生の成功」を

 

自分の代で実現させるということです。

 

「人生の成功」とは、頼る人も相談できる人もいて

 

困ることがなく、寂しくもない状態のことです。

 

親は困った時や寂しさを感じた時にアディクションを抱えるようになったわけですので

 

それとは真逆の環境を自分の代で作ることが

 

負の連鎖を断ち切ることにつながります。

 

私が特に努力したのは、人間的に器の大きい先輩方とお近づきになり

 

尊敬できる人たちの言動を真似て、良いところを次々に取り入れるということです。

 

人の悪口を言わず

 

他者へのレッテル貼りをしない先輩方と出会った際には

 

弟子入りした気持ちになって、必死で勉強させていただきました。

 

 

 

 

 

その結果、頼る人も相談できる人もいて

 

困ることがなく、寂しくもない状態を作り出すことができました。

 

ご参考にしていただければ幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

イヤなことがあってもひたすら我慢することは

 

ある種の習慣になっていて

 

やめたいと思っても、なかなか難しいのが現実です。

 

人生のどこかの時点で植え付けられた概念が原因なのですが

 

我慢する人は、はみ出すのが怖くて、人と違うことができません。

 

そのような状況で、目の前に自由に羽を伸ばしている人が現れると

 

「自分は我慢しているのにあの人は……」

 

という気持ちが沸き起こります。

 

嫉妬の感情です。

 

嫉妬だけで収まらないケースが大半なので

 

身近にいる自分より弱そうな人をいじめるようになります。

 

いじめる人も、いじめられる人も、どちらも不幸です。

 

我慢の人生は、不幸な人を増やしてしまうのです。

 

それを防ぐために、イヤなことや苦しいことに耐える人生からの脱却について

 

真剣に向き合う必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

このブログでは、言霊の大切さについてお伝えしてきました。

 

私自身は周りにいる諸先輩方に見倣い、生き方を変えたのですが

 

実践後は、心穏やかな日々を送ることができるようになりました。

 

 

 

 

もちろん、どんなにヒドイことをされても泣き寝入りするということではありません。

 

下記の記事にあるように、自分や身の周りの人

 

交通機関の乗り物の中で乗り合わせた人などが暴力被害に遭った場合は

 

自分や周囲の人を守るために動きます。

 

 

 

 

ただ、このような事件は、生涯中に頻繁に起こることではないので

 

日常生活を送る上では他者への批判をせず

 

肯定的な言葉を使うことを心に決めています。

 

 

 

 

 

 

このような私の信念をお話しすると

 

「批判」や「悪口」がなかなかやめられない、というご意見もいただきます。

 

あまり知られていませんが

 

その背景には、脳内物質の分泌があります。

 

「批判」や「悪口」は

 

自分の手で他者に制裁を加える行為です。

 

その行為によって脳内ではドーパミンが分泌されます。

 

そのサイクルを経験すると中毒になり

 

もう一度「批判」や「悪口」を言いたくなります。

 

「批判」や「悪口」を言えば言うほど

 

「制裁中毒」に陥ってしまうのです。

 

アディクション(嗜癖)を抱えている状態とも言えます。

 

 

 

 

 

「批判」や「悪口」は依存性があるので

 

やめるのは簡単ではありませんが

 

拙著『解毒』(角川書店)の24ページでも書いた通り

 

アディクション(嗜癖)を抱えたまま健全な人生を送ることはできません。

 

まずは、「自分はアディクション(嗜癖)を抱えているのかもしれない」

 

と自己観察をすることがスタートラインになります。

 

ご参考にしていただければ幸いです。

 

 

 

解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記 (角川ebook nf)