結論はいつも同じ | 僕がここにいる不思議

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猫腰を抱えた犬(gear)の雑記

人間が発達させた科学という分野への警告の中に、

「自然に介入しすぎるな」

という種類のものが一般にある。

遺伝子組換えが行われた野菜などを嫌う人々の気持ちも理解できるし、

子供の目の色を選ぶなどの行為も現在の価値観では不自然だ。


さて本題。

上記のように納得する一方で、疑問に思いもする。

人間は、自然の一部ではないのか?

言葉の定義があるというなら、上位概念を模索して、

人間が科学を用いることを前提とした、人間を含めた自然はなぜ考えられないのか?

たしかに、これを認めることは、すべての人為的行為を肯定するだけで、

何の論理的な議論も生まないかもしれない。

しかし、これも純然とした事実の一つではないか?

掲げられたスローガン「自然を大切に」を何の考えもなしに受け入れるのはどうだろう?

もちろん最終的に受け入れることが社会的な人間がとるべき行為ではあろう。

だが、与えられたものを受け取る前に、考えなければならない。

自分で納得しながら。