令和7年8月6日(水)

お早うございます。

80年前の1945年8月6日は広島に原子爆弾が投下された日です。

私、竹内しげやすは、平和祈念朝起会に参加させて頂きました。

平和の大切さをしみじみとかみ締め、今、起きているウクライナ戦争をはじめ、世界各地での紛争が早期に終結する事をお祈りさせて頂きました。

平和は人々の幸福と繁栄の基盤であり、戦争や暴力の悲惨さを理解し、次世代にその重要性を伝えることが必要です。

 

昭和20年(1945年)8月6日、月曜日の朝は快晴で、真夏の太陽がのぼると、気温はぐんぐん上昇しました。
深夜零時25分に出された空襲警報が午前2時10分に解除され、ようやくまどろみかけていた人々は、午前7時9分、警戒警報のサイレンでたたき起こされました。
この時はアメリカ軍機1機が高々度を通過していっただけだったため、警報は午前7時31分に解除されました。一息ついた人々は、防空壕や避難場所から帰宅して遅い朝食をとったり、仕事に出かけたりと、それぞれの1日を始めようとしていました。
 この時、広島中央放送局では、情報連絡室から突如、警報発令合図のベルが鳴りました。古田アナウンサーは、警報事務室に駆け込んで原稿を受け取り、スタジオに入るなりブザーを押しました。
 「中国軍管区情報! 敵大型3機、西条上空を・・・」と、ここまで読み上げた瞬間、メリメリというすさまじい音と同時に、鉄筋の建物が傾くのを感じ、体が宙に浮き上がりました。

昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。
人類史上最初の原子爆弾が、広島に投下されました。

今日より3日間、会派(蒲郡市政クラブ)の視察のため、ブログの更新はお休みいたします。

愛媛県伊予市役所:分散型水循環システムの生活実証について

高知県黒潮町役場:南海トラフ大地震対策及び防災プログラムについて

黒潮町防災ツーリズムについて

視察の詳細は、後日報告いたします。