令和2年5月25日(月)
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<5月25日今日は何の日>
1615年(慶長20年4月28日) - 大坂夏の陣が開戦。

大坂夏の陣図屏風(黒田屏風)右隻(大阪城天守閣所蔵)

大坂の陣(おおさかのじん)は、江戸幕府と豊臣家(羽柴宗家)との間で行われた合戦。
慶長19年(1614年)の大坂冬の陣(おおさかふゆのじん)と、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣(おおさかなつのじん)から成る。
大坂の役(おおさかのえき)とも呼ばれる。



和平成立後、家康は駿府へ、秀忠は伏見に戻ったが、一方で国友鍛冶に大砲の製造を命じるなど、戦争準備を行っている。
慶長20年3月15日(1615年4月12日)、大坂に浪人の乱暴・狼藉、堀や塀の復旧、京や伏見への放火の風聞といった不穏な動きがあるとする報が京都所司代板倉勝重より駿府へ届くと、徳川方は浪人の解雇か豊臣家の移封を要求する。
4月1日、家康は畿内の諸大名に大坂から脱出しようとする浪人を捕縛すること、小笠原秀政に伏見城の守備に向かうことを命じた。
4月4日、家康は徳川義直の婚儀のためとして駿府を出発、名古屋に向かった。
翌5日に大野治長の使者が来て豊臣家の移封は辞したいと申し出ると、常高院を通じて「其の儀に於いては是非なき仕合せ」(そういうことならどうしようもない)と答え、4月6日および7日に諸大名に鳥羽・伏見に集結するよう命じた。
冬の陣で江戸に留め置かれていた黒田長政と加藤嘉明は本人の出陣が許されたが、福島正則は引き続き江戸に留め置かれた。

次回へつづく!