平成30年10月10日(水)
お早うございます。

昨日(10/9)は、幸田町議会議員2名と自民党蒲郡市議団の内私を含めて有志3名、総勢5名で、「三重大学国際忍者研究センター」の高尾善希 准教授に、蒲郡市に所在する”神ノ郷城”落城にまつわる忍者の活躍やその忍者を使ったと言われる徳川家康との関係について詳しいお話が伺えることを期待して伊賀上野に視察に行って参りました。

白鳳城、伊賀上野城


三重大学国際忍者研究センター前で記念撮影・・・写真左側から3人目が、高尾善希 准教授。

・忍者に関する学術的・学際的な研究活動・・・史料の収集とデーターベース・史料の調査研究・忍術書の内容の科学的分析など
・忍者研究を基盤とした教育活動・・・大学・大学院での講義、伊賀連携フィールド市民講座、世界・日本各地への出講。
・忍者に関する学術的な情報交流と情報発信活動



貴重な古文書を見せていただきました。


忍者の成り立ちが良く分かりました。そしてなぜ忍者が伊賀甲賀が有名なのかも高尾先生の説明で理解いたしました。

「武士の家計簿」とか「武士の献立」と言った下級武士の日常生活を取り上げた映画が注目されています。
忍者は更にその下、最下層の身分であり、その暮らし振りなどを研究しているとのことです。
「30俵二人扶持」が忍者にとっての最高の俸禄とのことです。

 1俵は、米4斗であり重量では60kgになりますから、30俵ですと1800kgです。また、1人扶持は1人が1年間に食べる量の米を支給するという意味です。
江戸時代には男性は1日に5合食べるとされていました。
1年間ですと5合×365=1825合=18.25斗÷4≒4.5俵、二人扶持ですと約9俵になります。従って、年間に39×60kg=2340Kgの米を支給されます。
現在、米は10kgが4000円くらいですから、2340kg÷10kg×4000円=93万6000円の年収になり、月収ですと7万8千円です。
以上は米価で換算しましたが、江戸時代を通じて米1石=1両と言われてます。そして江戸時代を平均すると1両=10万円くらいだそうですから、こちらで換算すると39×0.4石=15.6石=15.6両=156万円が年収で、13万円が月収ということになります。
何れにしても薄給ですね。

忍者とは何か、これからの研究成果が楽しみです。

「徳川の三河平定と忍者の活躍」については、またの機会に紹介したいと思います。