お早う御座います。
今日、「終戦の日」とは、昭和天皇が「玉音放送」によって、日本政府がポツダム宣言の受諾(=日本の降伏表明)を連合国側に通告したことを、帝国臣民に放送を通じて公表した1945年(昭和20年)8月15日とするのが一般的である。

一方、日本政府がポツダム宣言の受諾を連合国側に通告したのは前日の8月14日であり、玉音放送によって読み上げられた「終戦の詔書」の日付もその日となっている。また、日本政府及び連合国代表が降伏文書に調印した日は、1945年9月2日であり、諸外国ではこの日を「対日戦争終結の日」や「終戦の日」としている例が多い。



1945年9月2日、USSミズーリ艦上でリチャード・サザランド中将が見守る中、日本の降伏文書に署名する重光葵外務大臣、右随行の加瀬俊一

降伏文書への調印により、大日本帝国は正式に独立国ではなくなり、大元帥たる天皇のみが保持していた主権(統治権および統帥権)も正式に失われ、連合国軍による大日本帝国の版図への分割占領統治が始まった(北方領土に対する占領統治はソ連、中国大陸および台湾に対する占領統治は主に中華民国、その他は主に米国。イギリスは占領に関与していない)。日本本土(本州・北海道・九州・四国およびその付属島嶼)に対する連合国(主に米国)による占領統治が終わって第二次世界大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)が正式に終了するのは、日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)が発効した1952年(昭和28年)4月28日である。日本は連合国軍による占領統治の下に置かれ、GHQが主権者として一連の戦後改革を連合国軍最高司令官の布告・命令・指示によって展開させた。1946年(昭和21年)11月3日に、大日本帝国憲法に変わる日本国憲法が成立し、1947年(昭和22年)5月3日には、日本国憲法が施行された。

1952年(昭和27年)4月28日、平和条約が発効して正式に(国際法的に)戦争状態が終結するとともに連合国による占領統治が終結し、日本は主権を6年8か月ぶりに回復した。

ニューギニア島にて、オーストラリアの第6師団ホレス・ロバートソン少将に軍刀を引き渡す日本の第18軍安達二十三司令官

人類歴史が始まって以来、平和を切望しなかった時代がありませんでしたし、平和を望み求めなかった人は一人もいませんでした。しかし、人類歴史は、人類の希望とは正反対に常に絶え間ない戦争と無実の罪のない血でもって染められてきました。これはなぜでしょうか。
今私達は平和というものが当たり前の様な錯覚に陥っているといえるのではないでしょうか?
いかにこの平和を守ってゆくのか、今日の終戦記念日に心穏やかに瞑想したいと思います。・・・・・合唱