<英霊の言乃葉 遺言>を紹介いたします。
陸軍准尉 北沢 今朝治 命 昭和19年7月18日 サイパン島にて戦死 長野県諏訪市四賀出身 27歳

 妻よ。結婚してより日浅く今別れ行く時ぞ来れり。二人の間に愛児あらばよく賢母たれ。強く正しき教によって、よしや無きにせば行く末はその意志にまかす。今出て行く処は知らず、何処の地からか幸を祈る。孝養の二字忘るべからず。靖国のお社に会ひに来れ。桜花は美しきものぞ。われ無き後の総ては妻よなせ。照文・かほり吾子の名なり。
 霜柱踏みてぞ母は宮柱にいとし我が子の勲功祈るか
 兄弟をくにに捧げて手柄まつ年老う母よすこやかにあれ
お母様。今ぞ米英を撃って粉にする時が参りました。今朝治は元気で征きました。すべては妻に話しあり、何卒その意をお聞き下され、妻の心に任せて下さい。お健やかに、いつ迄も。
 兄上。共に戦う時が来た。弟の我まま、御厚意を謝す。何もなさず、ゆるせ。尚この上にもわれ亡き後の万事、妻の事もたのむ。
 皆様の御多幸を祈る。
生還不期、心に決めてありし故、ひたぶるにしも、我は征ちたり。


1944年サイパンの戦いで撃墜されて降下する日本の戦闘機の写真

サイパン島バンザイ・クリフの悲劇