今週末のダービーを前に東京優駿が終わった。

勝ったのは僕がデビュー戦の馬券を獲らせてもらった今年56歳の横山典弘騎手であった。







詳しくはネット競馬等に譲るとして、僕がいつも忘れないのはもう10年以上前に彼が、
『2番になりたい。』
と発言していたことである。2番とは武豊騎手には追いつけなくても岡部さんの記録は追いつき追い越したい、ということである。

横山典弘騎手は、有言実行というか今年その岡部さんのJRAでの勝利数を抜き単独2位になった。蛯名正義も福永祐一も先生〈即ち調教師〉になった現在、彼の記録を破るのは、将雅か随分先の坂井瑠星くらいしか思いつかない。

彼の記録は、恐らく近い内に大台の3,000勝になるだろう。豊騎手も言っていたが、彼や豊騎手がときおり、所謂「ポツン」したり、馬を走らせなかったりするのは馬の異変に気付くからで決して〈やる気がない〉訳ではない。

脚のなくなった〈バテた等の理由で〉馬を追わないと今でも厳しい処分が下されるらしいJRAのジョッキーに対して、
『馬がおかしくなったら、直ぐに止めろ。』
とは言えない部分もあるだろう。だからといって、馬を止めなかった某フランス人ジョッキーに対して、
「だから外国人は、残酷だ。馬の御し方を知らない。」
とは言えない。何故なら、ジャパンカップ草創期、脚色の悪くなった馬を欧米のジョッキーが追わなくなったお蔭で、
〈日本調教馬は5着に入線することができたからである。〉
何故か、外国馬が好走か惨敗するのか調べたらこのことは比較的容易に導かれる。

競馬後進国の日本人が〈馬追いを途中で止めると罰則があるルールの下〉、故障し掛けた競走馬を優しく止めることは21世紀のこんにちならば兎も角、ろくに国際競走も開催していなかった頃から〈できた〉とは邪推もいいところであろう。もちろん、このことは昨年の東京優駿での事故が防ぎようがなかったという主張が確実に〈真〉と証明されるものではない。

寧ろ、武ファミリーや横山ファミリーの感性が突出しているといえる、と表現した方が正しいのかも知れない。

長くなってしまったが、横山典弘騎手、安田翔伍調教師、ほんとうにおめでとうございます。