世の中情報が多すぎる。
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、といった旧メディアからは勿論、今やインターネットによって爆発的に情報過多となり、その勢いもさながら地球のビッグバンと同じように、情報ビッグバンとなっている感すら覚える。
ひとたびネットサーフィンをしようものなら、すぐに数時間使ってしまい溢れる情報と格闘している自分がいる。
電車の中とかで、ヤングビジネスマンが携帯に向き合っている姿をよく見かけるようになったが、何をしているかをちらっと覗きこめば、メールかゲーム。特に最近はゲームが目立つ。携帯コンテンツ市場でもゲームが伸びていることがこういった現場で身近に観察できる。
で、彼らは座席に腰掛け、耳もイヤホンで閉ざして、コンテンツなどに繋がり、視線は数センチ角の携帯の窓の中のバーチャルの世界に入り込んでいて、目の前で起こっているリアルシーンに一切気を払わない。目の前に腰の曲がったお年寄りが立っていてもだ。
彼らは携帯を操っていると思っているのだろうが、まるでコンテンツ側に操られているロボットという風にも見れる。
このような彼らは、ひょっとして映画マトリックスが描いた生ける屍のようにコンテンツに数百円×いくつ、などといったお金を吸い上げられていっているモバイル奴隷かも知れない。マトリックスでは生ける屍と化した人間は脳内だけで夢の世界に生き続け、脳内の電気発生により発電を起こさせ超巨大情報管理システムが自らの生命を維持し続けるというSFだったが、電車の中での多くの人間が携帯に没頭し、操られている姿を見ると、ひょっとして映画が提示したような未来に向かっているかもしれないと思い、ぞっとする。
小生も時代の要請としてのWEBマーケティングを研究する立場であれこれ垣間見るものの、PCや携帯に向かっている姿を俯瞰するならば、ただただ画面に向かって数時間キーボードとマウスをシコシコ操作している姿って、本当に自分が望んでいる人生の姿かと疑問が大きくなってくる。
まるで情報ビッグバンによって巨大情報システムが生存の意志を持ち始め、そのようなの中で操られている人形のようにも思える。
今や世の中ではメールの文でうまく伝わらずにトラブルが起こるとか、ネットでフィッシングなどの詐欺や集団自殺が起こり、出会い系サイトからの売春・暴行殺人などが起こったりしているが、人類が望んでいた文明の進化の姿とはこういうことだったというのでは、あまりに悲しい。
もう少し後戻りしながらも、健全な人類の幸福のために文明の進化の方向を考え直さなければならないのではないだろうか。
たとえどんなに忙しくとも、不況風にさらされようとも、自分を俯瞰して見つめ直し、自分本来が持っている夢や希望を失わないように、心に太陽を持ち続けたいものだ。
見つめ直し、と言えば…
福岡の海の中道にあるルイガンズ。プレオープンのレセプション招待を受けて以来、数回目。
福岡近郊で日常を忘れるひと時を過ごせるスポットだ。


ルイガンズのレストランからプールを臨む。 おいしい料理とお酒で、良い気分に。
そういえば、京都もいいね~♪
先週金曜、福岡天神岩田屋前で京都の舞妓さんによる京都プロモーションのデモンストレーションに遭遇。
また京都にも行きたいもんだ。
いつも心に太陽を!