参議院選挙が終わった。

 

どうしても議席を維持して欲しかった比例の青山繁晴氏、山田宏氏、岡山選挙区の小野田紀美氏など、まだ何人かいるけれど、本当に良かった。選挙区候補は住んでいる場所が異なればどうする事も出来ないが、比例候補は誰にでも投票出来る一方、当然一人にしか投票出来ない。いつもここは悩ましいところ。

参政党も議席一つ獲得ですか。

これまでの我が国の施策の中にはハッキリとグローバリズムが行き過ぎてしまった分野がある。どうか国益の為にそこを牽制したり、一定の歯止めをかけながらも経済を回したり成長出来る政策を模索して欲しい。

「行き過ぎたグローバリズムはいけない」だけなら誰でも言えるのだから。

 

しかし私個人は今回の選挙に関してこれ以上、大した事は書けそうにない。

ハッキリ言って参院選の結果など・・・あの大事件に比べれば・・・

 

正直言って、甘えていた。

安倍元総理が現職時代、個々の国政課題で私個人の考えとは異なる施策を進めた時も、その政策には反対しつつも総理の政治決断に至ったリーダーシップを最終的には信頼していたと、私自身を今振り返ればそのように思える。この世の現状では当該政策も仕方がない一面もあろうが、行き過ぎた場合は安倍さんならどこかで歯止めはかけてくれるだろう、と。

その為か、総理を辞めた時も「安倍さん自身、いつまでも総理を続けられる訳ではない」と頭では分かっていながら、しばらく”安倍ロス”に陥ってしまった。

一介の議員に戻った際も、仮に岸田さんがアホな事を始めようとしたら、全力で自身が率いる派閥や政治信条を等しくする者たちを束ねて阻止してくれる、とも思っていた。

そして(こんな事は無い方が当然いいのだが)日本がもし大変な有事に直面した時、安倍元総理がいればもう一度表舞台に立って対処してくれる、そう漠然と頭の片隅で期待していた・・・

 

全て甘えていた。

政策批判をする記事を書いた事もあるけれど、私は結局、完全な”アベンジャー”だった。

ただ、その事実から目を逸らしていたのは何を隠そう私自身だった。

 

このブログを書いて、約10年。

安保法制・モリトモ・カケ・検察庁法改正案など、「疑惑は深まった」と印象操作するオールドメディアや特定勢力の主張に対する反論記事を沢山書いて来た。

安保法制は政策議論なので世論が騒がしくなるのもある程度仕方がないが、核も直接的同盟関係も持たないウクライナが一方的にロシアに侵攻されてしまった事を考えると、日本にとって非常に必要かつ重要な法制度であった事は国際情勢が既に証明している(実はあの安保法制レベルでも片手落ちでしかない)。

他は実態や背景を知ってしまえば、「国会でそんなに議論する事か!?」レベルばかり。

コロナ対策は当時、全ての国の指導者がよく分からない未知のウィルスに対して試行錯誤・手探りで対応しなければならなかった為、部分的に些末な政策的失敗があるのは当たり前(的確に対応したら、むしろ「お前がウィルスばら撒いたから、その対応を知っている」疑惑が出るというもの)。

 

だからコロナ対策でも散々叩かれた当時の安倍総理が任期を残して職を辞した時、悔しくて涙が出た。

そして辞任表明をした途端、内閣支持率が爆上がりした。誰も辞めるなんて思ってもいなかったから無責任に叩きまくり、辞任が決まったという事で腰を抜かしたのだ。

結局、国民もみんな甘えていた。

 

しかし、今回の訃報で私個人はまだ涙は出ていない。

本当にショックな事って、感情をマヒさせるんだね。

 

次回最新号の表紙を発表した米・タイム誌

 

以下、フジテレビの上席解説委員・平井文夫氏の文章を全文転載する事にする。

 

 

安倍晋三さんを死なせたのは誰だ

 

【岸田首相の涙でわかった】

 

7月8日昼前に安倍晋三元首相銃撃の一報が入った後、心肺停止の情報、「ドーンドーン」という銃撃音、安倍氏が倒れている映像などが次々に入ってきて、胸の中に重い塊が入っているような苦しさを感じた。

午後3時前に遊説から急きょ東京に戻り、「ぶら下がり」取材に応じた岸田文雄首相が涙ぐんでいるように見えたので「やはりダメなのか」とわかった。

 

テレビの映像や音声がつらくて、何か救いを求めるようにネットを見ていたら、評論家の八幡和郎さんが「アゴラ」というサイトに「安倍狙撃事件の犯人は反アベ無罪を煽った空気だ」という文章を載せていたので読んでみた。

 

【安倍をたたき切れ】

 

八幡さんは「狙撃事件の犯人がいかなる人物かはあまり重要でない」とした上で、「安倍晋三氏については、特定のマスコミや有識者といわれる人々が、テロ教唆と言われても仕方ないような言動、報道を繰り返し、暗殺されても仕方ないという空気をつくりだしたことが事件を引き起こした」と解説していた。

 

八幡氏は「安倍をたたき切れ、といったものもいた」「国会で狂ったように憎悪を煽った議員もいた」「ヒトラーにいわれなく例えた市民運動家と称する人もいた」と具体例を挙げていた。

僕の胸につかえていたのはこれだった。安倍氏をこれまで口汚くののしってきた人たちが「無事を祈ります」と言うのを聞くのが苦しかったのだ。

 

午後4時ごろだったろうか、安倍氏をよく取材している元TBSの山口敬之さんがFacebookに「安倍さんがお亡くなりになった」と投稿した。間違いないだろう。そして昭恵夫人が病院に入った直後の5時3分、安倍氏の死亡が確認された。

 

【警備は甘かったのか】

 

今回、警視庁のSPや奈良県警による警備が甘かったという批判があるが、3月に札幌地裁で出た判決を思い出した人は多いはずだ。安倍氏の札幌での選挙演説中に「安倍辞めろ」とヤジを飛ばし警官に制止された男女が「政治的表現の自由を奪われた」と訴えて勝訴したのだ。

たとえ明らかに演説妨害に見えるヤジであっても「表現の自由」であるならば、街頭演説における警備というのはやりにくくなるだろう。あの判決以来、現場で警官による職務質問が減っているという話を聞いたことがある。

今回も容疑者がふらふらと近づいてきた時に、なぜ現場の警官が職質しなかったのか不思議だった。もしそういう「空気」があるとしたらこれは極めて危険なことだ。

 

安倍氏は首相時代に演説の妨害が続いたため遊説日程を公表しないこともあったが、退任して2年近くがたち、最近は予定を公表していた。

「闘う政治家」だった安倍氏に対しては攻撃もまた激しかったが、中には「許さない」とか「死ね」とか明らかに常軌を逸したものもあった。そしてそうした言動に対して私たちは「ダメだ」とはっきり言ってこなかったのではないか。

 

岸田首相は「卑劣な蛮行は許せるものではない」「決して暴力には屈しない」と言ったがそんなことは言われなくてもわかっている。私たちが苦しんでいるのは、日本という国が、この社会の空気が、安倍さんを殺してしまったのではないかということなのだ。

 

【執筆:フジテレビ 上席解説委員 平井文夫】

 

 

上は引用・転載元の記事、下は平井氏の文章の中にあった八幡和郎氏のアゴラに寄せられた記事。

 

一方、「報道特集」の金平茂紀キャスターが今回の事件で戦前の5.15事件等を引き合いに出し、「軍国主義的世相」という勝手な解釈と安倍元総理の政治信条を悪意を持ってオーバーラップさせて岸田総理に見解を問うたのは、本当に呆れ、そして頭に来た。

軍国主義など全く関係ない。

問題なのは行き過ぎた”反アベ無罪”の空気であり、そこに近年みられる「社会から孤立した人の暴走犯罪」(ひろゆき氏はこれを「無敵の人」と呼んでいるが、この見解は慧眼である)がリンクしてしまったのだ。

妄想老害は早くTV画面からGet out !

 

 

上で参議院選の結果について大した事は書けないと書いたが、最後に一つだけ。

 

今選挙では改憲に反対・消極的な政党は与党・公明党を含め、軒並み得票を落としたという。

自民党の大勝は、結果的に安倍元総理が命と引き換えにして勝ち取った「国民の憲法改正への覚醒と決断」であると思う。これはもう避けて通れない国家の宿命であり、目覚めた国民の意思だ。

 

元総理はまだ支持率が非常に高く、モリカケ狂乱も起きていなかった頃に、支持率が急落する事が分かっていながらも安保法制をやった。自身の内閣維持に関する安寧よりも、国家のために必要な事を実行した。

岸田総理が参院選の大勝を受けながらも、仮に今後、国家のために為すべき事を進めなかったとしたら、これは政治家として許されない事である。

万難を排して、憲法改正をぜひ進めて欲しい。