とりあえずレンタル開始されたら、すぐに観てみようと思っていました。2015年12月公開の作品です。
丁度その頃、この作品ともう一つ気になる作品が公開されていました。それは「海難 1890」という作品。結局、「海難 1890」の方を劇場で観て、この「杉原千畝」はレンタルまで待つ事にしました。
この作品に対する危惧が梅之助なりにあったからです。

 

映画「杉原千畝」公式HPより


一般に、第二次大戦中のドイツが歴史に残るユダ人迫害を行った為、同盟国・日本もユダヤ民族にはかなり冷淡だったのではないかと連想されがちですが、実は戦前の日本はユダヤ難民をかなり公平に扱っていました。元々当時の日本の指導者たちはヒトラーのユダヤ人政策に批判的であったし、三国同盟締結以降もこの問題に対するドイツからの様々な要求を適当に受け流していました。ただしこの史実は現在の日本人は全くと言っていいほど知りません。
それ故、梅之助はこの映画が杉原千畝という個人を持ち上げるあまり、当時の日本を必要以上に悪く描くのではないか?
そういう危惧を持っていたのです。
詳しくはかつて2年ほど前に書いた記事『「命のビザ」美談を巧妙に利用する左翼 』と、その関連記事を参照して頂ければ幸いです。

もやもやっとした不安の中、映画が始まりました。そして、冒頭の展開でいきなりその不安が的中するかのような描写がありました。
ソ連との北満州鉄道譲渡交渉で、唐沢寿明さん演じる杉原千畝は国益に大きな貢献をします。しかし影で動いていた関東軍が、敵味方のロシア人スパイたちを最終処断するというシーン。満州における関東軍の横暴は事実でしたが、あのシーンはいくらなんでもフィンクションでしょ?
そういった訳で、何だかなぁ・・・と思いつつ映画を見続けるのですが、実はこれ以降は強く引っかかったシーンは無かったので、その点では良かったというか、ホッとしています。

北満州鉄道譲渡交渉の後、杉原は満州国外交部を自主退官し、リトアニアに日本領事館領事代理として赴任します。有名な「6000人の命のビザ」の舞台ですね。
しかしこの映画の特徴は「6000人のユダヤ難民を救った」という人道的観点よりも、杉原千畝を優れたインテリジェンス・オフィサーとしてとらえた観点から描いているようです。日本政府の許可を待たずビザを発行し続けた美談の描写は、むしろ淡白でさえありました。杉原はリトアニアを発つ汽車の中でさえビザを書き続け、窓越しに渡し続けていたと伝え聞いていたのですが、そのシーンはなし。えっ!このシーンはないの!?とこちらが拍子抜けしたくらいでした。
その代りに、次の赴任先であるドイツ東プロイセン州ケーニヒスベルグにてドイツ軍の国境集結の情報を察知し、独ソ開戦の可能性をドイツ大使に報告するなど、「己の信念に基づいた真の国益」の為に動く杉原の姿が描かれています。
この映画でのヒール役は小日向文世さん演じるドイツ大使・大島浩。ヒトラーに心酔している彼は、杉原の動きを苦々しく思い対立します。結局、三国同盟推進派の思惑が独ソ開戦で崩壊し、日本は戦略が不明瞭なまま対米開戦へと突入する訳ですから、このヒール役の設定は尤もなものでしょう。

 

 

 

映画「杉原千畝」より


全体的にこの映画は過剰な演出を避け(冒頭の関東軍の描写を除く)、当時の欧州の複雑怪奇な様相に翻弄されていく日本の様子が、一人の優秀な外交官の目を通して時系列的に描かれているともいえます。その分、ちょっと歴史に詳しくなければ一回観ただけではよく理解出来ない点があるでしょうね。

これは良かったな、という点を挙げておきます。
まず、杉原に接触してきて運転手として雇われる亡命ポーランド政府のスパイ・ペシェが語った「ポーランドは日本からの恩を忘れてはいない」という言葉。
映画ではその背景に触れてはいませんが、かつて日本政府はロシア革命後の混乱の中、シベリアの地で苦境に陥っていたポーランド人の孤児たち765人を、1920(大正9)年と、1922(大正11)年の2回に渡り救出した事があるのです。この出来事を通してポーランドは親日国となりました。
次に、杉原の「命のリレー」を受け継いだウラジオストックの根井三郎総領事代理の事がしっかり描かれていた事。杉原だけの行動でユダヤ難民が救えたわけではないのです。
そして、ソリー・ガノール氏(左上の画像の子供)のエピソードまで挿入されていた事。彼は子供の頃、家族で杉原に会っているものの、脱出が遅れてダッハウ収容所に送られてしまいます。終戦時、その収容所を解放し彼を救ったのは、杉原とよく似た面立ちの米国・日系人部隊でした(参照記事→「日本に助けられたユダヤ人~その後」)。
実際の出来事として相当怪しい冒頭のシーンを除くと、概ね良く出来た映画だと思います。

この映画監督はチェリン・グラックという日本で生まれ育った米国人だそうで、母親が日系米国人。関わった作品には「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」(米国側監督・脚本)もあるそうです。
どうりで変なイデオロギー色が薄いと思ったよ。

最後にこれは映画とは直接関係がありませんが、史実として記しておきます。
それは1940年12月、外相を務めていた松岡洋右が在日ユダヤ人実業家に語った言葉。
「三国同盟は私が結んだ。しかしだからと言ってヒトラーごときの口車に乗ってユダヤ人を排斥する事はない。これは私だけの信念ではない。帝国の方針であるから安心しなさい」

 

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