よりよい豊かな福祉国家となる未来に想いを馳せながら、今朝から目がチカチカしながら、大学の提出課題レポートを書き上げています。

課題を書くよりも、直接、自分の想いを政権与党、野党、多くの政治家に進言した方がいいのかなぁ?

安部さん、10年後、国民一人あたりの所得を150万円増加させるとか、農業・農村所得を倍増させるとか、「民間活力の爆発」とか、グローバル化の競争時代とか、申しますけど・・?

10年後の日本は、認知症の高齢者だらけなのです。

グローバルな人材とは、世界で何と闘う人材ですか?

海外へ出て、日本のモノを売りに行く人材ですか?

勿論、そのようなグローバルな人材も必要かもしれません。

しかし、地域で、お年寄りを大切にするローカルな人材も必要なのです。

数字計算も強くて、英語も出来る国際感覚の優れた能力も必要です。

数字計算も弱くて、英語も出来なくても、お年寄りの手を繋ぐ能力も必要なのです。

だから、そこの能力の違う部分で、所得格差があっては、ならないのです。

一、高齢者の貧富格差拡大を解消するために、国民全員一律に受給年金金額を「生活保護受給者」並みに補償する。

二、福祉関連の現場に従事する者には、地方公務員と同レベルの給与所得を補償する。

以上の二点だけでも、政治公約すれば、日本の未来は、明るく安定したものになります。

さて、公約した国会議員の大幅な定員削減は、どうなったのでしょうか?

天照大神も、失われた20年を取り戻すかのような・・

今年は、20年ごとの伊勢神宮式年遷宮にあたります。

10月に、その御祭りが、執り行われます。

それから半年先の来年の春ぐらいが・・檜が、いちばんプ~ンと薫るよい頃かと思います。

個人的なお勧めの御参拝時季です。

経済成長よりも、国民ひとりひとりの安心できる安定生活の方が大事です。
もっとグローバルな人材育成を!

もっと女性は社会進出を!

そして、要介護老人を在宅で!・・?

誰が家に残って介護すればよいのですか?

そんな矛盾した政策を打破できる政党を応援します。


関西電力の黒部第四水力発電所・・昭和の日本が誇る偉大な建造物です。

数百年にも耐えるコンクリート建造物だと言いますが、立山の雪深い山間部でのメンテナンスも管理も大変です。

それと比較しての原子力発電所問題・・これまた厄介な問題です。

さて、今日から、金沢では「百万石まつり」。

そちらに行く予定でしたが、未来塾の講演会の方に出かけます。

太陽と海と・・雪が、これからの時代のキィー・ワードになるような気がします。

電気と水は、現代社会の生活を快適に維持する必要なものです。

今日から、水無月。
金閣寺よりも、銀閣寺の方が、個人的には自分好みです。

銀閣寺は、慈照寺と言います。

しかし、銀閣寺を築造した室町幕府の将軍足利義政は、慈照という想念を窮民にではなく、贅沢な東山山荘の建立に集中したのです。

当時、最大の飢饉に直面しているのにもかかわらず全く対策を講ぜず、日々、銀閣寺の築造に没頭した将軍だったようです。

だから、立派な世界遺産として残っていますが、天下の統治者としては、無能というか、失策です。

一方、鎌倉幕府を開いた源頼朝は、飢饉に際して、領国内の農民に年貢を免除したと言います。(天下草創)

さらに、江戸幕府を創始した徳川家康は、二代将軍秀忠に、金銀の大いなる遺産を軍事の次に「窮民に対しての慈恵的救済」に使うようにと厳命しています。(天下一統)

近代社会になっても、同様です。

国家政府が、何を基準として、国民の「さいわい」を導こうとするのかが・・問われるのです。

「夏は麦、秋は米、冬は銭、多少にかぎらず、老若男女各志を運び申すべき事」

・・三浦梅園さんへ。

「春は何?」
人生に寄り道やら通回りをしていない人の考えは、どうも理解しかねることが多々とあります。

昨日の厚生労働省の社会保障対策の具体案・・いわゆる、2025年問題以降に生じる大都市での高齢者増加問題に対する検討会内容。

もう20年昔からの日本の緊急課題なのに、やっと重い腰を上げたような印象を持ちます。

杉並区の先行事例を示していましたが、地価が高い、用地取得の難しい「都会の事情」で、杉並区が所有する150KM以上離れた静岡県の南伊豆町に特養施設を整備を検討しているとか・・?

小生、元杉並区民として述べさせていただくと、理解し難い「愚の骨頂」ではないかと思います。

杉並区の高齢者が、なぜ南伊豆で終の生涯を閉じなければならないのでしょうか?

受け入れる施設が足りないから、地方にある杉並区所有地で整備するというのは、行政マンの視線で捉える思考論理でしかありません。

それ以前に、その施設で働く介護職員の確保が、出来ますか?

この頃の日本・・アベノミクスとかという造語もできて勢いづいて見えますが、民主党政権時代と比較してのことでしょうか?

あるいは、バブル崩壊後の「失われた20年」を比較してのことでしょうか?

安部さん、嫌いではありませんが、首相としての「強いリーダー」を意識しすぎです。

「世界で勝つ人材を!」・・と掲げます。

「♪あの素晴らしい愛をもう一度」を歌う安部さん・・。

・・これからは、「グローバル化に通用する人材育成時代」だと強調します。

このスローガンは、安部さんも学生だった時代、既に、30年以上昔の高度経済成長期の学生の間で「日本人が国際人として」という標語で一世風靡したものです。

その結果が、「ゆとり教育」に落ち着いたのです。

そして、「ゆとり教育」の否定のあとに、再び「グローバル化教育の台頭」。

英語をコミュニケーションとして稼ぐ生活も、勿論面白く愉快な時間、一生懸命な時代です。

しかるに、ギャップ・イヤーを体験した者ならば、「ローカルに役立つ人材育成」が基本教育であることを認識しています。

高齢者になれば、安心して生涯を終える孤独ではない「ゆとり」と「楽しさ」を求めます。

優しい人間に囲まれた、優しい場所を求めるものなのです。

極楽往生とは、家族、友人、善人が、幸せになるのを見届ける生き方だと思います。

それが、ギャップ・イヤーという「道草教育」なのでしょう。

道草を食うのは、昔ならば、馬であり、牛であり・・自分の乗り物でした。

現代に譬えるならば、車であり、自分の足跡です。
前にも書いた記憶があります。

原発廃炉で、イライラするか? ワクワクするか?

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一体、市場経済、否。

市場生活とは、何だろう?

広辞苑では、生存して活動すること、生きながらえること、世の中で暮らしてゆくことだとか。

仕事とは、何だろう?

仕事とは、どのような意味を持っているのか?

自分のやりたい仕事を持っている。

働く事に意義も感じている。

生活してゆくには、仕事が不可欠なのは言うまでもない。

病気や怪我で入院して、しばらく休まざるをえない場合、普通は、不安や寂しさを覚える。

「サルがヒトになることに、労働はどのように関与したか?」経済学者エンゲルスの一節。

直立に歩みだした人類の祖先は、手を自由に使い、新しい技能を次々と得ることに進化した。

労働という仕事は、人間の能力を発達させてきたのは、歴史的事実である。

人間の労働は、自然まかせの狩猟や採取の段階から、言語を持ち、人間が主体となる社会的集団労働に発展した。

集団での多面的な労働を構築して、計画的な分業協業による組織性が生まれてきた。

こうして、仕事は、社会的な性格を備えるようになった。

仕事は、人間の自己実現の場であり、社会への参画でもあり、生きがいにも相当することにもなる。

「仕事は、人間生活の第一の基本条件」は、揺るぎない事実。

封建社会の時代、身分制度のもとで、農民は農民、商人は商人として、与えられた身分職業を全うするほかなかった。

近代となり、資本主義社会は、身分制度を廃止して、強制的に縛られていた人間を解放した。

自らが、職業の自由を選択できるようになったのは、誰もが知っている。

それでも、なぜ?

仕事が苦しいという生活感覚が、現われてくるのか?

資本主義社会の矛盾?

現代社会における、失業問題、ホームレスの増大、日雇い労働者の高齢化、派遣労働の有期雇用、低賃金、農業の低迷、商店街の衰退、巨大企業と中小企業の格差拡大等々・・貧困、生活困難の社会問題が浮かびあがる。

例えば、先進国の多国籍企業が、途上国の安価な労働力を使って生産する。

社会は、不変ではなく固定的なものではない。

絶えず、変化、発展してゆくもの。

ただ、その変化、発展の本質を考えるのも大事。

仕事が苦しくなるのは、労働者による労働する過程で自主的管理、利潤獲得範囲での裁量があるにせよ、それ以上のコントロールを、自分では、できないから?

消費者に生産物を購入させて利潤をあげるだけの労働仕事。

消費者に生産物を使用して、より豊かになってもらう労働仕事。

自ら考えて判断できる人間としての労働意欲ではなくて、資本・経営側による最終判断を委ねるような疎外されて、労働に従属されているような現実社会の状況。

現場の自由を制限して、管理ばかりが強化されると、自律性も自立性も失われてゆく。

自立的で自由な思考、発想、精神を失った仕事や生活は、楽しいはずがない。

労働者が、労働過程での適切な労働時間、適切で安全な労働内容、環境を備える社会の実現を備えるのが、先進国としての基本条件かと考える。

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原発再稼働で、イライラするか? ワクワクするか?
ドナルド・キーンさんの言葉は、日本人に勇気を与えてくれます。

昨年、日本に帰化したドナルド・キーンさん 九十歳。

日本人以上に、日本人の情感を分かりやすく具体的に説明してくださいました。

今回の福井での講演会・・地元に関わる橘曙覧、近松門左衛門の「曽根崎心中」も取り上げていましたが、個人的には「源氏物語」との出会い話が印象深いものとなりました。

ドナルド・キーンさん曰く、受験のための古文の文法を学ぶより、現代訳の「源氏物語」を読む教育のほうが、余程人生が豊かになるとおっしゃっていました。

彼が、初めて日本と接したのは、学生時代に読んだ英訳された「源氏物語」だったそうです。

「源氏物語」は、世界最高レベルの長編恋愛小説だそうです。

作者の紫式部が描く光源氏の情感・・千年の歳月を超えて、非常に美しく、ほんとうに驚かされたようです。

例えば、日記が、日記文学へと昇華するのは、日本人独特の情感だと説明されていました。

第二次世界大戦中・・日本は、敵国の言語、英語を使うのも学ぶのも禁止しました。

一方のアメリカは、徹底的に日本語を研究しました。

日本に興味を抱いていた若きドナルド・キーンさんは、アメリカ海軍の日本語学校に入りました。

戦線で日本語の通訳官も勤めるようにもなります。

そして、戦場では、多くの日本兵士が残した日記を読むことになったそうです。

(アメリカの軍隊では、兵士が戦場での日記を書くことは禁じられています。)

千年昔の恋文ひとつとっても、日本人の情感の素晴らしさを源氏物語は、伝えているとのこと。

・・恋人に、文をしたためるのにも、どんな紙をつかおうかと迷う情感。

・・文を書くのにも、墨の濃淡さえ考える情感。

・・文に、どんな花の芳しい香りを添えるか惑う情感。

圧倒的に美しい情感が、千年の時を超えて、胸の奥まで迫ってきたと言います。

越前市にある紫式部公園です。

福が来た♪
平安朝の庭園を再現しています。

カップルが、多いです。

福が来た♪


父の藤原為時が越前国司として赴任した時、紫式部も、約二年間、ここで娘時代を暮らしました。

向こう側に見える越前富士(日野山)・・紫式部が毎日見たであろう山は、千年昔も今も変わりなく座しています。

福が来た♪

山を眺めて、感じたこと・・ドナルド・キーンさんは、紫式部の末裔かもしれません。
京都の喧騒から離れて、やっと、福井に戻りました。

今日の午後、福井では、日本人になられたドナルド・キーン氏の講演会「私と日本文学}がありました。

この話の内容は、後日・・。

京都の大学に通うのも2年目になりました。

この1年間で、さまざまな同級生にも出会うことが出来ました。

人と人との出会い・・すべてが善となるような御縁でもありません。

不運とも思えるような出会いだって、沢山あります。

ある程度の年齢を重ねれば、お互いの器量とか、バックグランドとか・・それらを隠しながら、明かしながらの付き合いも始まります。

今、通う大学の通信制もそうなのですが、いろんな年齢層、職業の方がおられます。

ここでは、守秘義務も伴うので言えませんが、とても興味深い方も何人かいます。

・・今回、ちょっと印象に残った出来事があったので、書き残して置きます。

大学からホテルに戻って、シャワーを浴びようかと思っていると、九州から来られている同級生の方から電話が入りました。

「学校で財布を失くした」という連絡なのです。

「まだ学校なんです。お金を一万円ほど貸して戴けませんか?」という申し出でした。

彼は、朝早くから学校へ行き予習、夜遅くまで残って課題を復習をされています。

僕より、一回りほど年下ながら、なかなかの好人物です。

この一年間、彼の学習姿勢を見ていますから、勿論、手助けになるような返答をしました。

「タクシーに乗って、私のホテルまで来てください。外で待っています。お金を渡しますから」と。

・・彼は、申し訳けなさそうな顔をして到着しました。

「どこで落としたのかもわからないし、学校の事務局に行っても、落とし物の届けもなかったんです」

財布には、現金もクレジットカードも入っていたようで、がっくりと来ているはずです。

一緒に夕食を摂ることにしました。

僕の心臓が元気ならば、もっと陽気になるために、四条界隈にあるアイリシュパブへでも飲みに行くのですが、アルコール類は、禁止になっています。

簡単な食事となりました。

食事中に、彼は呟くのです。

「ほんとうに申し訳けないです。でも信用してくださいね。実は、私、弁護士をやっています。必ず明日、返しますから・・」

「弁護士・・?!」

「はい、インターネットで検索されると私のことが出ています」

調べてみると、高齢者虐待犯罪等の講演もされている正真正銘の弁護士でした。

・・翌日。

彼の奥さんが、九州から京都まで来られて即返金、そして、僕は、たくさんのお土産を頂戴しました。

僕も、社会に貢献できるような人間になりたいなぁ・・と感じた意外な一日でした。

彼には、第二の中坊公平さんのような市民派弁護士になって欲しいなぁ。

昨日は、縁起のよい珍しい苗字の方と、続けざまにお話する機会がありました。


勿論「いいお名前ですね」というお言葉も添えました。


百とか万とか八十八とか・・合せて、やおろずの八百万でした。


それから、ゴールデンウィーク期間の動向を尋ねて、昨日は、同級生二名と電話でお話しました。


昨日の夕方、普通自動二輪免許取得をトライ中の息子と食事をしました。


会話の内容は、「単車欲しいなぁ」という繰り返す息子。


「ふ~ん、単車欲しいんだ?」と繰り返す親父でした。


昨日の朝、ラジオあさいちばんで「著者に聞きたい本のツボ『ナマケモノに意義がある』」のコーナーで、著者の池田清彦さんの話を聴くことができました。


「人生に意義なんてない。多くのものを望まない」・・面白かったです。


さて、昨日は、食べすぎました。


・・怠け者としての意義は、あったのか? なかったのか?


昨日のお話でした。

昨日の新聞コラムのほとんどが、「鉄の女」と呼ばれた英国のサッチャー元首相を悼むものでした。

「英国を救った」とも称賛される一方で、「貧富の格差を拡げた」とも批判されるサッチャー氏の生涯です。

サッチャー政権末期に、英国に滞在した時間は、よい意味で振り返れば、「生きる楽しみ方を学んだ」体験でした。

当時のサッチャー氏は、日が昇る勢いの日本経済の成功や日本人の勤勉さを、よく称賛していました。

でも、あの頃の日本の社会風潮のテーマは、「働きすぎから、もっと休もう。日本」だったと思います。

サッチャー氏の語り口は、「まるで、小学校の先生が児童に語りかけるようなものだ」と、当時、お世話になった英国人の方が言っていた事を思い出します。

「政府が社会を富ませるものではなく、民間の企業や人が社会を富ませる」というのが、サッチャー氏の持論でした。

だから、小さな政府と国有企業の民営化でした。

市場原理の競争のうえで、正当に報われる社会が理想の姿だったのでしょう。

鉄の女は、英国病という「揺りかごから墓場まで」の高福祉政策をも切り捨てました。

家庭の貧富収入の格差関係無く、家族の構成人員を基本とした人頭税という税収政策に踏み込みます。

ロンドンで、反サッチャー政権への暴動デモが頻発します。

英国病蔓延と言われた英国社会・・。

不思議だったのは・・、

犬や猫や・・ペットが多かったこと!

家庭に洗濯機が無いのかと思うぐらい、街の中にコイン・ランドリーが多かったこと!

スーパーマーケットのレジは、既に商品にバーコードがあり、それを通すだけで自動的に金額が計算清算されていました。

・・計算が苦手なのか? 手先の指が不器用なのか?・・と考えていました。

何故なら、当時の日本は、まだレジで金額の値段を指先で打っていましたから。

クレジットカードを使用している多くの英国人、テイク・アウトのお店、冷凍食品専門店もいっぱい多かったです。

・・これも英国病という、ちょっと怠けた横着かな?というイメージがありました。

思い出せば、まだまだ何か「遅れている英国病の現実」というものを勘違いしていたものが多くあります。

当時の遅れていると考えた英国社会のシステムが、進んでいると考えた日本社会に、あとあと続々と入り込んできます。

今では、ペットも多い、日本のあっちこっちにコインランドリーがあります。

独り暮らしや、高齢者の居る家庭の洗濯物を区別するのに必要な存在なのかもしれません。

レジのバーコード導入も、今の日本では、当り前になりました。

持ち帰りのtake outも、冷凍食品も当り前の時代になりました。

映画批評もそうでした。

「東京物語」の小津安二郎監督のよさを、日本人よりも、多数の英国人の方が、早く理解していました。

東の果ての島国日本と、西の果ての島国英国は、鏡とは言いません。

そんなふうに映りません。

恋愛という自愛、幽霊という他愛のような関係に思えるのです。

今思うと「英国病」は、「余裕(ゆとり)病」ではなかったのかと・・?

今の日本は、景気の経済政策よりも福祉の政策を優先しないと、「ゆとり」の無い経済優先の貧富格差社会になると考えます。

英国や日本という国家やら一定の地域が、豊かになっても・・どうかと思います。

その国の国民、その地域に暮らす住民が、豊かで、ゆとりある生活にならないと・・話になりません。

これまた、恋愛と幽霊を相手にするような不安だらけの未来ですが、未来は、ゆとりのある希望です。