東京おもちゃ美術館が、「おもちゃコンサルタント養成講座」という資格認定講座があります。

これまでに、全国で5,000人を越える「おもちゃコンサルタント」が誕生しています。

資格取得後、おもちゃの知識と遊び方を身に付けて、子育てに生かす方、おもちゃの専門店を立ち上げる方や、幼児教育や保育にいかす方など・・大学生からご高齢のシニアの方まで、様々な方が受講しています。(東京おもちゃ美術館説明)

最近では、無印良品の店舗内で、東京おもちゃ美術館監修のもと、赤ちゃん木育広場に近い環境を再現しているとのこと。

・・おもちゃに関心がある方は、どうか、周りの方にも、お勧めください。


僕自身が、個人的に興味があるのは、「アクティビティ・ケア」という資格認定講座です。

東京おもちゃ美術館館長の多田千尋さんは、他にも、芸術教育研究所所長、高齢者アクティビティ開発センター代表でもあります。

「摂食」、「排泄」、「入浴」に加えて、「遊び」、「芸術」、「自然」を合わせた六大介護の推進をミッションとしている内容の深さです。

「ゆりかごから墓場まで」の社会福祉への熱い想いと情熱を伝える・・新しい時代の旗手となるかもしれません。
小田急線の下北沢駅が地下に移転したのに伴い、「開かず踏切」も無くなるとのこと。

その現場に大勢の人が集まり、最終電車を見送り、消えゆく「開かず踏切との別れ」を惜しむニュースが流れていました。

東急東横線渋谷駅も地下へ移転したとのこと。

あのヨーロッパの鉄道駅のような始発終着フォームの佇まいが消えてゆくと思うと、名残惜しいものがあります。

昭和の時代・・京王線、井の頭線を、よく通勤に使っていました。

京王線の車掌さんが、ちょっとした勇気を出して、楽しい車内放送を流していたのを想い出します。

「当列車、まもなく夢のパラダイス新宿駅に到着します。朝からの痛勤・・皆様、大変お疲れ様です。・・慌てず焦らず乗降に注意・・今日一日、頑張りましょう♪」

・・そんなアナウンスを車内に流していたと思います。

ちょっと元気の出る楽しい思い出が、甦りました。

日本全国・・月曜日の朝から、元気よく朗らかにファイトです。

仁和寺 五重塔


福が来た♪



東寺 五重塔


福が来た♪


福が来た♪

春に種まきをしなければ、秋に収穫できません。
同じく、善行を行わなければ、幸福を収穫できません。
(真言宗開祖 空海)

昨日の京都地方・・あちらこちらの大学の卒業式が行われていました。

社会人になると、楽しいことも、悲しいことも多くあります。

社会人というよりも、単に生活を支えるために、年を重ねてゆくだけのことです。

晴れ晴れとした門出に祝福です。

御室と嵯峨、嵐山方面に足を伸ばしました。

近くには、世界的にも有名な石庭のある龍安寺がありますが、個人的には、仁和寺本堂の内庭のが好いかな?

仁和寺・・世界遺産、真言宗御室派の総本山です。



888年(仁和4年)、宇多天皇は退位後に出家されて、仁和寺を住坊としました。

御室御所とも呼ばれた仁和寺は、日本初の門跡寺院となりました。

門跡寺院とは、明治維新まで、天皇または皇族皇子皇孫が住職に就かれた寺院です。





もうひとつ、門跡寺院の旧嵯峨御所 大覚寺にも参りました。



何十年ぶりかに眺めた・・左近の梅と大沢池です。





門跡・・若い頃、門跡身分の孫娘の方と出会ったことがありますが、身分の違いのような不平等な違和感を覚えたことがあります。

寺院やら芸道も含めて、企業やら家業を継ぐ者は、継ぐ苦労というものもあるでしょう。

京都にオムロンという企業がありますが、御室を発祥の地として名付けられたようです。

卒業生から新入社員となる若者へ・・。

「させられていると思う仕事感覚」から、「百人に無償奉仕していると思う仕事感覚」へ。

・・そう、思えばです。

人生が、劇的に変化します。
今も、地球のどこかで、命が誕生して、老いて、病んで、死んでいく人間のドラマが展開しています。

それを、ケアする・・、ケアしない。

care・・不思議な言葉です。

何を、いつ、どこで、誰に・・ケアするのか?

何を、ケアする行為とみなすのか?

辞書を開くと、日本語としてのケアの意味には、世話、介護、管理、維持、注意、用心、配慮、努力、心配、不安、面倒、負担、厄介、重荷等々・・とても気がかりな言葉です。

「注意を払い、気を使うこと」・・でしょうか?

その監督、維持、責任は、誰に誰が担うのでしょうか?

赤ん坊・幼児・児童への世話、高齢者への介護、障害者への介助に対して、親、教師、介護者、医師、看護師等がケアの担い手になります。

そのケアする行為に、虐待(ハラスメント)という状況が表われるならば、その背後に人間の限界線への歪みとなるジレンマ(delemma 精神的葛藤、板挟み)が、存在します。

最近、「ストレスに弱い人間」「アトピー体質で敏感」とか、PTSD(心的外傷後ストレス障害=トラウマ)とか・・そんな言葉に、よく出会います。

とりわけ、震災以後、ケアする対象は、「こころ」と「からだ」を含む「生活の再建復興」と「その方法」へと拡大しています。

ケアという言葉に近い意味で、キュア(cure:治療)という言葉があります。

ヒール(heal:癒し)という言葉もあります。
ヘルス(health:健康)、聖なる(holy)・・語源は、Whole(全体性)という概念から派生しています。
例として、ヒーリングアート(癒す絵)、ヒーリングミュージック(癒しの音楽)、ヒーリングタッチ(手当て)です。

その他、マジック、トリートメント、セラピィ、サポート、ヘルプ、アシスト、チャリティ、フィランソロピィー、ナース、ジェネレイティピティ・そして、最後に「養生」・・というホメオスターシスという人間の蘇生という真髄を表現する言葉もあります。

余談ですが・・それぞれの語源を知りたいですか?

人間には、痛みがあります。

痛みに対するケアには、苦痛を除去する、緩和する・・という発想があります。

しかし、痛みを感じない「無痛症」を抱える人間もいます。

痛みが無ければ、人間は長く生きることは、非常に困難だと言います。

痛みを感じるということは、ストレスを感知して、自然治癒力を働かせる重要なサインです。

(ストレスにも、有益ストレスと有害ストレスがあります。)

つまり、ケアには「痛みを取り除く:緩和除去」と「痛みを感じる:感覚の回復再生」という二つの観点と役割があるのです。

「この地上に生きている限り私たちの本当の名前はケアであり、言い換えれば、私たちは、本質的にはケアなのです。ケアは、私たちが生きている限り、私たちを所有している。私たちがケアすることをやめるとすれば、それは、私たちが人間であることをやめることである」
(シスター・M・シモーヌ・ローチの言葉より)
今日の福井地方は、快晴でした。

でも、花粉が飛んでいます。

・・中国からの黄砂やPM2.5は、どうなのかな?



昨日は、3.11。

心から・・合掌。

咲く花は好かれて、飛ぶ花粉は嫌われます。

黄砂やらPM2.5の公害汚染よりも、はるかに・・放射能汚染の方が怖いです。

でも・・中国産と福島産の同じ食品が並んでいたならば、迷わず日本の「福島産」を買います。

昨今、タバコを吸うと健康が損なう・・と言います。

禁煙、肥満等の成人病対策・・でも、タバコを吸う人の自殺率は、非常に少ないとのこと。

地元で仲良くしていただいている警察官OBの方が、先日、東京まで行かれたようで、お土産に国会議事堂で買われた歴代首相の似顔絵の入ったマッグカップとお菓子とを頂戴しました。



それにしても、なぜ、マッグカップ・・?

ペン立てにしようと思います。

マッグカップを眺めならがら・・二の次を考えています。

日本の初代首相は、伊藤博文・・では、第二代首相は、誰でしょう?

日本で一番高い山は、富士山・・では、二番目に高い山は、何山?

答えは、黒田清隆と北岳です。

二の次、三の次を楽しめると、人生が美味しくなります。
花見と言えば、桜ではなく、かつては、梅だったようです。

平清盛と同時代を生きた西行が詠んだ和歌・・「願はくは花の下にて春死なん、そのきさらぎの望月のころ」

それ以降、日本人の花見への美意識と死生観は、桜を意味するようになりました。

さて、それよりも以前の時代、中国伝来の思想として、梅よりも、桃には魔避けの力があるという考え方がありました。

今日は、桃の節句・・お雛祭りです。

桃の花を愛でたり、桃の花を浮かべたり、桃の葉をお風呂に入れたり、無病息災を願う禊ぎ祓いの「桃の節句」の日でもあります。

お雛祭りは、女の子の厄除けと健康祈願のお祝いとして、お七夜やお宮参りと同じく健やかな成長を願う行事です。

(草木や紙でヒトの形を作って、それで自分の体の悪い部分を撫でて、焼いたり、川などに流すことで厄払いを現在も行う神事があります。このときに使うヒトの形をしたものは「人形(ひとがた)」と呼ばれ、これが現在の「ひな人形」の始まりではないかと考えられています。)

旧暦三月三日・・桃の季節でもあります。

だから「桃の節句 」になったわけではありません。

昔から桃には邪気を祓う力があるとされ様々な神事に取り入れられていました。

節分に桃を使って邪気祓いをする神事も多数みられるようです。

邪気祓いをする上巳の節句が桃の節句 になったのです。

昔から邪気の象徴は、鬼とされておりました。

節分には、鬼は外・・鬼を祓います。

邪気を祓う力のある桃には、鬼を退治する力もあると考えられたのです。

桃から生まれた「桃太郎」が鬼退治をする民話が、それにあたります。

桃源郷となる原点をも意味します。

桃は、不老長寿をも意味します。

桃は、百歳(ももとせ)まで長生きできるように願う・・邪気祓い、魔除けの祝い花なのです。

春を告げる行事として、全国的にも有名な奈良東大寺二月堂の「お水取り」。


その「お水取り」に先がけて、毎年三月二日に行われるのが、若狭の国、神宮寺(福井県小浜市)の「お水送り神事」です。


和銅7年(714年)、遠敷明神(おにゅうみょうじん)を祀ったのが、若狭の神宮寺の始まりだとされています。


東大寺を開山した良弁僧正は、若狭の小浜の出身とされます。


大仏建立には、当時若狭で修行中の渡来僧・実忠(じっちゅう)が招かれていました。


天平勝宝4年(752年)、この実忠が、東大寺二月堂を建立し、修二会(しゅじえ)を開いて、「全国の神々を招きました。


ところが、遠敷明神が、時を忘れて、遅刻します。


そのお詫びに、本尊に供えるお香水を、若狭から送ると約束しました。


二月堂の下の岩をたたくと、水が湧き出しました。


この湧水に命名されたのが、東大寺二月堂の「若狭井」です。


そのお香水は、今日から十日かけて、東大寺二月堂の「若狭井」に届くとされています。


1200年以上も続く・・このような神事にして、奈良の東大寺二月堂の「お水取り」は  三月十二日に行われるのです。

はじめに、階級・階層に関わる社会問題である。

階級・階層は、社会的地位だけではなく、生活を支える収入格差の問題でもある。

生活上の質をも左右する・・この階級・階層の固定化が進展しており、貧富の格差により様々な社会問題が現われてくる。

その一方で、社会化に関わる地域問題と呼ばれる社会問題である。

労働問題、都市問題、農村漁村問題等・・同じ地域に居住する者が、共通して生じる社会化問題である。

我々の生活は、家族・家庭内の生活で完結することは難しくなっている。

さらに、社会層ごとの社会問題である。

児童、障害者、高齢者といったカテゴリーを設定して、その共通した特質をまとめて整理した社会層問題である。

生活というものは多面的で、どのように生活の貧しさを掴み、生活関係をどのように展開させていくのかという判断が求められる。
貧困が、個人的な資質の問題ではなく、社会が生み出す問題であるという認識が生まれたのは、19席末から20世紀初め、英国においての社会調査の結果が発端となった。

当時、産業革命後、世界の工場となった英国市民の貧困状態が明らかにされる。

チャールズ・ブースによる調査「ロンドンにおける民衆の生活と労働」という報告書がある。

極貧とみなされる原因は、低賃金・無就業55%、疾病・高齢・多子家族27%、飲酒・浪費等18%という結果となったのである。

さらに、英国全土の大都市における人口の30%が、貧困状態であるという衝撃的な結果が出たのである。

明らかに、貧困の大部分が社会的要因なのである。

当時、世界の名だたる大英帝国も。救貧政策を社会改良政策に転換せざるをえなくなったのである。

これまでの貧困の概念が、より客観的な貧困の存在を発見・証明することになったのである。

この20世紀初頭の英国での社会調査によって、最低賃金制度の確立、疾病・失業対策等の社会保険、社会事業というシステムが、生み出されていったのである。

その後、二度の世界大戦間にもたされた世界的不況と、それに伴う大きな社会問題を生み出すことになった。