例の指導教員のことを、これからは教員Kと呼ぶことにしよう。
先日の同窓会から数日が経ったものの、奴から押し付けられた胸糞悪さを未だに処理できていない。それどころか、日が経つにつれて胸糞悪さが増幅している。前に進むために、彼のことを(若干の悪意を混ぜつつ)少し考察してみよう。
そもそも、彼はどうして何十年も教員を続けられるのだろうか。少しきつい言い方になるが、今のところ彼の研究は社会に対して何の貢献もしていない。彼自身の趣味を、生徒を使って何十年も続けているようにしか見えない。その上、彼は人間性にも問題がある。謎のこだわりや思いつきで周囲を振り回し、自分の理想通りにならないとすぐに発狂する。ミスをした生徒を吊るし上げ、他の生徒の前で恥をかかせる。こんな人間がずっと学校に居続けられるのは、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。
私の推測だが、彼は教員たちの中でもかなり浮いている存在だと思う。以前、他の教員たちの前で彼がプレゼンをしたことがあった。プレゼンの内容は、自身の研究についてだったと思う。このプレゼンを聞いている他の教員たちの様子をさり気なく見てみた。退屈そうで、そして言いたいことを何とかして押さえ込んでいるような顔をしていた。「こんな研究を続けて何の意味があるんですか?」、「もう少し現実を見た方が良いのでは?」。このようなことを皆言いたかったのだろう。トラブルを避けるために、誰も本音を口にしない。それが普通の人間というものだ。
彼はよくゼミ生に対し、「どうしてもっと高い志を持って研究に取り組めないの?」と問いかけていた。ゼミ生たちもトラブルを避けるために、本音は言わない。「一番の原因はお前だよ」と、単純な事実を誰も口にしない。頭の良い教員Kでも、このシンプルな答えに何年経ってもたどり着かないらしい。もしも彼が早い段階でこの事実に気づいていたなら、彼の研究は今の何倍ものスピードで進んでいただろう。
ゼミ生も卒業がかかっているため、とりあえず研究はする。だが、そこに情熱は無い。こちらが少しでも見当違いなことを言うと、彼は全力で否定し、吊るし上げる。恥をかきたくないから、生徒は恐る恐る研究を進める。私にも最初は研究に対する意欲があったものの、彼の傲慢さにより、次第に意欲を失っていた。おそらく、これは他のゼミ生も同じだったと思う。
何のしがらみもなく、「卒業」を人質にして生徒を思う存分利用し、自分のやりたいことに没頭できる。なんて幸せな人なのだろう。ただ、彼が学校を去った後はどうだろう。彼が学校に残していった「ガラクタ」は、誰かに継承されるのだろうか。彼のことを心から尊敬し、引退した後も気に掛ける人は、結果的に何人くらい存在するのだろうか。彼は定年まで残りわずかだが、自身の目標は達成できるのだろうか。
彼への憎しみを徹底的に吐き出すために、少し時間を掛けて書いた。完全に処理できたかどうか、自分でもよく分からない。