奥歯に少し痛みを感じたので、歯医者に診てもらうことにした。いつも診てもらっている歯医者に電話したところ、「今日も明日も診察はできない」と言われてしまった。結局別の歯医者に診てもらったのだが、少しだけ残念な気持ちが残っている。10年以上も通っているのに、「どうかされましたか?」の一言もないのか。あの冷たい対応が、私の中で上手く処理できていない。「こんな受付終了ギリギリの時間に電話してくるのだから、何かあったのではないか」といった考え方はできなかったのだろうか。
働き始めてから、私はクレーマーのような考え方をしているような気がする。少しでも店員の対応が悪いと、苛立ちを感じてしまう。苛立ちを店員にぶつけるようなことはしていないので、本物のクレーマーではない。それでも、苛立ちを感じる自分が嫌になる。自分の子どもっぽさを痛感し、恥ずかしくなる。
普通の大人は、苛立ちは感じないのだろうか。それとも、苛立ちを感じたとしても、表に出さないだけなのだろうか。私にはよく分からない。
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もうすぐ夏休みなのだが、何も予定を決めていない。知り合いと「そのうち食事に行こう」と話していたのだが、今のところ連絡は来ていない。結局、私はそこまでして会いたいと思う人間ではないのだろう。私が所属しているLINEのグループには、時々写真が流れてくる。私以外のメンバーが集まって楽しそうに食事をしている写真だ。「私だけ勤務地が遠い」といったもっともらしい理由も考えられるだろうが、結局のところ「呼んでも呼ばなくても変わりのない人間」であると認識されているのだろう。
長期的な休みになると、私はいつも孤独感に襲われる。普通の人間であれば、休みの日には誰かと一緒に過ごすのだろう。気を紛らわそうとツイキャスで放送をしたところで、人は集まってこない。私に時間を捧げてくれる人間など、どこにもいない。この事実は学生時代から何も変わってはいない。
上手く話すことができないというのは、一種の障碍ではないだろうか。「話す」という人間に特徴的な能力が欠けているというのは、空を飛ぶことのできない鳥と同じようなものだ(空を飛ばない鳥も一応存在するが……)。子供が予防接種を必ず受けるように、早い段階で何かしらの策を講じるべきなのではないか。今更こんなことを言ったとしても、失われた時間は返ってこない。