ノリ獲得に尽力した加地元社長ご逝去なされる | 生涯現役の中村ノリ選手を見守ろう

生涯現役の中村ノリ選手を見守ろう

ミスター赤ヘル、山本浩二監督率いるプレモル球団で現役続行となった生涯現役の中村ノリ選手を見守ろう

元横浜(現横浜DeNA)球団社長、加地隆雄氏が13日に死去していたことが20日、明らかになった。74歳だった。

 2009年10月、外部から招かれ球団社長に就任。親会社からの天下りとは一線を画していた。この年の尾花監督の就任会見を横浜から出港する豪華クルーズ船『マリーンルージュ』の船上で、ドラフト1位の筒香の入団会見を地上296メートルの横浜ランドマークタワー最上階で実施。アイデアマンぶりを発揮した。

 熱血漢で人情派。横浜スタジアムでは全試合、開始前に右翼席へ足を運びファンと交流した。11年5月には、前年限りで楽天を戦力外となりトラブルメーカーのイメージが災いして所属球団のなかった中村紀に「ノリ、本気でやるか」と直接電話をかけ入団させた。

 しかし「加地社長の就任当初から、当時の親会社TBSは球団を売却することしか頭になかった」(球界関係者)といわれる。就任翌年の10年オフにリクシルへの売却騒動が勃発。その1年後にDeNAへの身売りとなった。その間、加地氏は「お騒がせして申し訳ない。社長である私の責任」と頭を下げ続けた。

 球団関係者は「“横浜愛”の強い人。静岡移転が前提だったリクシルへの売却に断固反対し、球団流出を防いだと聞いている」と証言する。

 千葉県富津市生まれ。幼少の頃に父が戦死し、家計を助けながら定時制高校を卒業。電通入社後も勤務のかたわら駒大に通い苦学を重ねた。電通では横浜支社勤務が30年に及んだ。その後、TBSの看板番組「水戸黄門」の制作を手がける会社社長を務めた。

 DeNAでは非役員の球団会長を1年間務め12年オフに退団。球団社長在任中は5年連続最下位のまっただ中(08-12年)で苦労が報われなかった印象だが、私心のない熱心さは周囲の心を打った。チームのクライマックスシリーズ(CS)進出を見せてあげたかった。天国で見守ってほしい。合掌。 (宮脇広久)
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