2008年発生の直下型不況の衝撃波も、
2009年の年越しでも相変わらず収束しない。
明るい希望のもてる年度になって欲しいところである。
さて、
人は、順風満帆のときは追い風で、実力以上の自分の力を過信する。
反対に、逆風のときは、自分の力の無さ、非力を思い知らされる。
その適度なサイクルで人は学習し成長していく。
しかし、あまり過信でうぬぼれが過ぎ、有頂天になりすぎると、落ちた時の衝撃が強い。
また、逆風がひどく、二度と立上がれないほどに叩きのめされると、再起が不能。
そうなっては、お終いで諦めざる得ない。
できれば、そのような事態にならないように願うのみである。
人は、逆風のときに真価が問われる。
順風満帆の時は、この世のわが春を謳歌して『人生はこんなに素晴らしい!』など思うものであるが、
実は世の中の薄っぺらな喜怒哀楽に流されているだけの幻想なのである。
逆風にあったとき、人は初めて自分の存在感をいやがうえにも認識させられる。
普段は、眼に見えない何気ない空気が、強い風となって自分の身体に激しい抵抗を加える。
自分の体の大きさ、体重の全てが自分の体に空気の重い粘り気がまとわり憑いて押し流そうとする。
そのとき、初めて自分の存在感を実感する。
姿勢を低く屈み込んで、踏ん張り押し流されないようにするには、大変な努力が要る。
人生がこんなに大変なのであると久々に身にしみる。
人は、絶頂期で有頂天なっているときは忘れているが、
自分の存在感を肌身で痛感したとき『我に返る』。
『雨降って地固まる』という。
ツンドラの永久凍土になってしまっては困るが、
いつまで悪天候ではない。
晴れの日が必ずやってくる。
そのときの飛躍のために我を見つめ直し、再発掘するときである。
逆風でも来なければ人は反省しない愚かな生き物。
その意味で、チャンスなのである。
考え方、見方を変えれば、景色も変わる。
萎えた気持ちも一念発起して元気に変わる。
強い風が吹いたら、無理に逆らわずしなやかに流せばよい。
しっかりと大地に根を張ってしなやかになびく竹のように強靭であれ!
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