植木等に捧げる60年代喜劇映画へのオマージュ。 | ガンバボーイ2号のGuerrilla Radio

植木等に捧げる60年代喜劇映画へのオマージュ。

この後ワタクシは「舞妓Haaaan!!!」を見ました。

天才脚本家・宮藤官九郎の最新作が京都、しかも舞妓の世界を描いた作品で、

クドカンとは同僚の阿部サダヲが京都で舞妓と野球拳がしたくてハイテンションに奮闘する主人公を好演。

いや~文句なく「すべりまへんなぁ~」な映画に太鼓判ですわ。

随所に「なんでそうなるの!?」な突っ込みどころ満載で、「ここまでやるか?!」の展開にKOされました。

(むしろ京都市内にあんなドーム球場作っちゃだめでしょ!)

この独特の世界観はクドカンと阿部サダヲの強い信頼関係がなかったら成立しませんでしたし、

柴咲コウ、堤真一、伊東四郎もクドカン作品の持つ独特の空気に溶け込んでました。


ところで、この映画を通して気づいたことがあるねん。

この映画って60年代の東宝喜劇映画の空気を持っているんだよね。

植木等の無責任男シリーズ、森繁久彌の社長シリーズ、フランキー堺の駅前シリーズを髣髴とさせてくれました。

80年代以降のメディア・ミックス・システムへ移行した現代の日本映画界の中で、

クドカンは60年代の東宝喜劇映画の雰囲気を呼び起こしましたし、

阿部サダヲをスクリーンの中で活躍していた偉大なる先人の姿にダブらせました。

この映画で植木等が1カットのみの登場ながら、スーダラ節を口ずさみながら歩いている場面には

存在感バツグンでした。

今思うと、偉大なる大スターである植木等が亡くなったことは、人間国宝を失うに等しかった。

クドカンは尊敬の念をこめて、このシーンを作ったのかもしれない。
エンドロールの「植木等さん 日本に笑顔と元気をありがとうございました」のメッセージには

さすがのワタクシも涙ぐみました。

今の日本映画活況の中で、大事にしなければならない部分も必要だなと痛感させてくれました。