ベロタク
神戸駅で見つけた「ベロタクシー」
このごろちょくちょく街で見かけますね。
運転手さんはTシャツに半パン・・・写ってませんが・・・
この季節、たいへんな仕事ですよね。
料金は、500mでお一人様250円、二人で500円。
その後は、100mごとにお一人様50円UPなんだってさ。
距離は目的地までの直線距離で測るらしい。
このベロはadidasのラッピング。
ベロタクシーは広告費によって成立するの乗り物なのです。
でも運転手さんは利用者からの料金歩合制だという。
お客さんを乗せなくても運営会社には広告費が入るのだから、
運賃はすべて運転手さんにあげればいいのに・・・ケチ
前方がびゅ~んって伸びてて
「べろ(舌)」みたいなカタチやから「ベロタクシー」なんかな?
でもヨーロッパやアジアの国でも「ベロタクシー」やしな?
正解は、
“ベロ”VELO ってラテン語で自転車って意味なんやって。
なあんや、知らなければよかった。ただの自転車タクシーってことや。
乗ってみたいなぁ、運転もしてみたいなぁ
くそくらえ節
岡林信康さんのデビュー曲である。
生まれて初めて作った唄でもあるみたい。
1971年、それまでの唄を作った順番にすべてを唄うという
狂い咲きコンサートを行い、ライブ盤として残っている。
*CD版では「ヘライデ」が天皇家を冷やかす唄として省かれている
その岡林信康さんが、今年10月に「狂い咲き」コンサートを行う、って。
場所は36年前と同じ日比谷野外音楽堂。
フォークソングからロック、演歌、テクノなどいろんなジャンルで表現し、
1980年代以降は、エンヤトットという日本の伝統リズムに乗せた
オリジナルロックを築きはじめ、最近ようやく完成に近づいてきているそうな・・・
ボクも今でこそ、ブルースとかジャズとかを聴いていますが、
小学校~中学の頃はこの人の唄をよく聞いていたし、今でもずっと気になる人だ。
「それで自由になったのかい」「私たちの望むものは」大好きだ。
美空ひばりさんも唄った「風の流れに」も名曲だ。
社会風刺、ラブソング、人生、家族、自然、人の死などをテーマに
最近の曲も含めてたくさんいい唄を作ってきてる。
今回の「狂い咲きコンサート」でもすべての唄を唄うのかな?
ファンに望まれながらもずっと封印している唄がたくさんある。
それらを一気に吐き出すのかな?興味深深深深深深
行きたい、でも行けない。
当日ボクは神戸で仕事、残念。
ご先祖さま
お盆、昨日でした。
久しぶりに仏壇に手を合わせて、チ~ンしました。
10秒ほど黙祷して・・・「行ってま~す」・・・お盆も仕事。
お墓参りも3年位前に行っただけ。
ご先祖様、ごめんなさい。
人には2人の親がいる。親2人にもそれぞれ親(4人)がいる。
その親(4人)の親たち(8人)にもまたまた親(16人)がいる。
と数えていくと、自分から10代前のご先祖様は1,024人、
20代前だと104万8576人になるらしい。
もっと遡るとどこまでも行く。
これだけの多くの人の誰か一人でも存在しなければ、
今の自分は無い。
ご先祖様に感謝しよう!
自分を大切にしよう!
ってなことをゆっくり考えるのが「お盆」であるとラジオで言うてた。
どんな理由でもいいから、盆休みが欲しいなあ。
32年旅した形見
「英和」クンと「和英」クンの双子です。
ずいぶん前に亡くなった私の父の隠し子のようなもの。
32年前、ウチに下宿していた従兄が父の本棚から持ち出し、
そのまま仕事で使い続けていたそうな。
無断拝借したことのお詫びと
「貴君にとって貴重な形見なので大切にしてください」、と
大袈裟な手紙を添えて先日届けられました。
たしかに父が勤務していた会社名が名入れしてあるし、
中には父の印が押してあるから、そうなんやろなあ。
従兄は大阪を起点に、海外赴任でギリシャ、エジプトに行き、
国内では滋賀、大阪、高松、京都と巡ってきた人で、
その間もずっ~とこの辞書を仕事場に置いていたと。
ってことはこの「英和」クンと「和英」クンは32年もの間、
従兄とともに国内だけでなく海外にも行って、
いろんな空気に触れて来たってこと。
不思議なもんやなあ。
主の死によって大きく運命が変わったんやな??!
ちなみに、父は大の飛行機嫌いで、
電車で行ける所以外の出張には絶対に行かないだけでなく、
「大阪以外では働かない」と転勤は全て辞退していたらしい。
頑固な小心者やね。
だから辞書クンたちは父の持ち物であり続けていたなら
大阪以外の空気に触れることはなかったんやろなあ。
本来の持ち主だった父とは僅か8年、本棚暮らしが6年で
それ以降ずっ~と従兄と共に32年過ごした辞書。
これは私の父の形見って言うよりも
むしろ従兄の形見としてのほうが価値があるよなあ。
従兄はまだ生きてるから・・・のちのちの・・・・将来の形見?
でも返されたからには大切にさせていただきます。
箱はまるでホームレスみたい。だけど中身はしっかりしてる。
お帰りなさい。長~い旅、ごくろうさま。
ブートキャンプ
まだ流行ってますよね。
実はある方から譲り受けまして、持ってるんです。
手元に届いて3週間経つのですが、まだやったことないんです。
でも、DVDの再生はしています。ジ~ッと見ています。
見ているだけで息切れするのでカラダを動かす気にならないんです。
ビリーさん、元気過ぎ。まわりのベテランの女性もすごいタフ。
あれって、欧米人向けですよねぇ。
カラダの動かし方、息の吸い方&吐き方、なにもかも。
日本人的ではない、当たり前やけど。
やり終えた後で動悸の激しさがおさまらずに救急車を呼んだ人、
次の日から3日間ほど起き上がれなくなった人とか
いろんな被害状況を耳にするし・・・
ただただ画面を眺めているだけのわたくしです。
すごく興味はあるんです。
このままのカラダで人生終わりたくないし、黒人系の音楽大好きやし。
今日からやってみようかなあ、見るだけにしようかなぁ。
最初に飼ってた犬の名前が「ビリー」やったなぁ。
ラジオ
小学5年生か6年生だったボクは深夜放送に夢中。
小さなトランジスタラジオでは物足りない。
姉のラジカセは好きに使えない。
1972年だったと思う、自分だけのラジオが欲しくて買ったのがコレ=NATIONAL World Boy GXO。
近所に住んでいたS川くんという大金持ちのボンボンは、ソニーの「スカイセンサー」を持っていて、
同じものはいやなのでコレにしたん。
16,000円くらいやったと思う。お年玉貯金で買った。
もちろんラジオを聴くために、それも東京の放送局を直接聴くために、この感度良好ラジオを
選んだのだけど、韓国語の放送に邪魔されてよく聞こえなかった。
もうひとつの楽しみはFMトランシーバー機能を使って、
真夜中にS川くんと交信すること。 画期的な未来生活やった。すぐに飽きたけど。
それとS川くんは意外と裏切ることが多くてボクひとりで「もしもし・・・もしも~し」ってのもよくあったような。
ヤングタウン、ヤングリクエスト、バチョンと(で?)行こう、オールナイトニッポンなどなどなど
深夜放送だけやなく、家にいるときは必ずなんか聞いていた。
7時頃に、プリン&キャッシーの????(阿倍野アポロビルからの)番組もあったなあ。
あとはFM夕方6時からの「田中マサミの????」・・・記憶力欠乏症です。
あの頃は、テレビは小さな子どもと大人のものって感じで、
若者とマセタガキ、そしてお年寄はみんなテレビよりもラジオが好きやったよなあ。
*写真はある人のブログから拝借いたしました。








