本田霊学の鎮魂法と帰神術について-246
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************大本教の「神霊界」でも、当時次のように注意喚起している。『鎮魂帰神の修行をするのは、決して神憑りに成ると曰う目的ではない。元来は至純至粋の真霊魂が踏下丹田に隠れ、他の憑依物が、肉体及び良心を犯して了うて居るのを駆除し、払拭して清浄無垢の大本の神霊(所謂本守護神)の進路を開拓し、各人天賦の使命を自覚遂行せしむる大目的である。(「神霊界」大正八年八月一日号「随筆」)』『病気直しや神占を施行するのが目的では無い。病気直しや神占位は狐狸でも蛇でも亡霊でも、少々腕の有る霊は行るものである。神占が的中し、病気を直すから真正の神と思うたら、大なる誤解である。大神は左様な事の為に、不潔な人間の曇った霊体に憑依さるるものではない。僅に数ヶ月間の修行の結果、天津神や大神が憑られたり、大国常立尊が憑られたりするような事は、絶対に無いと曰うても差支はない。それは皆邪霊の証惑にかかって居るのであるから、各自に注意せねばならぬ。』大正八年八月一日号「随筆」このことは、もちろん審神者役である浅野も充分に承知していた。しかし出口氏との間には、もっと本質的な認識の違いがあったという。