本田霊学の鎮魂法と帰神術について-269
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************佐藤先生の指導を受けていた中山和敬宮司(昭和25~58年まで宮司を務める)の時、大神神社で公式幽斎が二回行われた。昭和43年4月と46年7月のことだ。その46年7月9日の公式幽斎の場で、お懸りの御神霊に中山宮司が次のような質問をされた。『当大神神社の御祭神の御神名に就き、大国主命の和魂。大国主命の 幸魂、奇魂と、両様に伝承されて居りますが、此との御関係に就いて御啓示を賜り度く存じます。』それに対する御啓示として『此れは即ち、皇学、現代の言葉にて語る。霊学と申すものを学ばずんば、解決できぬ。然りと雖も語る。先ず和魂、汝達この吾が大神、大国主の神に非ず。大地、大国主の神の別の活用と為して、和魂、大物主の神なり。この御魂、即ち奈良の都を治め給う天皇命に憑依つきて、天皇命の顕身をも守護り給う和魂。大和大物主、奇●(瓦辺に長)魂大神(くしみかたまのおおかみ)と汝達は申して居るも、他に神名の活用がある。幸魂、奇魂、此の活用、日本書紀、古事記、記載して居る如く、大和大物主、奇●(瓦辺に長)魂大神と申して良い。全く書紀、古事記に記載して居る神の活用なり。故に大国主神に非ず。又狭井神社の所に大物主神の荒魂とあるが、此れは非が事なり¨大物主神の荒魂と言う事は違う。それ故、鈴木重道、伊勢大審神者に聞くべし。大国主神の荒魂に非ずと汝達は混同致して居る。大国主神の荒魂と申す神にて、大物主神の荒魂に非ず。良く思考致す可し。大物主神の荒魂に非ず。』(以下「古法式幽斎記録撰」Ⅳ)とある。古来、大神神社の御祭神については二つの説があり、不明とされてきた。日本書紀では大国主命の「幸魂、奇魂」、出雲国造神賀詞では大国主命の「和魂」とある。御祭神が明確でなければ、何かにつけて困ってしまう。そこで中山宮司は、この点をはっきりさせたかったわけだ。