本田霊学の継承-21
「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。 **********************************天皇と他の皇族との違いは何か?といえば、それは大嘗祭を経験するかしないかの違いだろう。三種の神器の所有者だという説もあるが、過去に多くの盗難事件があるように、その所有の如何が天皇の地位を保証するとは必ずしも言えないと思う。大嘗祭では、次期天皇と定められた方(現在は皇太子または皇嗣)が受霊をする。そこで昔からどの神を受霊するかが議論となっている。もちろん、当事者である天皇、或いは大嘗祭の場に臨まれる皇太子(大嘗祭を経て天皇となる)は御存じのことと想うが、外部からは想像する事しかできない。折口信夫は大嘗祭と天皇霊の概念を結び付けている。単なる万世一系ではなく、王位継承の条件を天皇霊の受霊によるものとし、その肉体は神聖なる霊魂の容器となるという考え方だ。しかし、ここで問題になるのは天皇霊とは何か、ということだ。折口も勿論確信があって言っているわけではないだろうが、天皇霊かどうかは別にして、御神霊の受霊という点については他の神道家も同意するだろう。この受霊の対象として、天照大御神という説がある。だが記紀を真摯に読んだ方なら、恐らくこの説を否定するだろう。なぜなら天照大御神は、邇邇芸命に天壌無窮の神勅を与えたのであって、以後はこの邇邇芸命からの継承になるからだ。故に受霊する対象は、邇邇芸命と考えるのが自然だと思う。現に、大嘗祭の殿内中央に八重畳を敷き、御衾を置いている。これは天孫降臨の際に登場する真床追衾に通ずるものだ。さらに日本書紀では海宮訪問の段、豊玉姫の段にも登場し、あたかも天孫であることの証であるかのような話になっている。平田篤胤が「古史成文」で指摘するように、大嘗祭の由来を天孫降臨に求め、神との合一の神事であるという解釈は(いずれの神かは別にして)基本的には間違っていないだろう。副島翁が邇邇芸命を初代天皇として考えていたのは、本田霊学を通して、受霊についての深い理解があったからだと思う。