仙台にいるのもあと2週間ほどとなった

6年間仙台で過ごしたが、ほんとに良い都市だった

東京生まれ東京育ちだが、

僕は東京があまり好きではないので、仙台は自分の故郷とさえ思っている

 

http://blogos.com/article/213653/

 

このシンポジウム、地味に行きたいとは思っていたが、なんやかんやで行けなかった

この問題、これはLGBTに限った話ではなく、突き詰めていけば

「笑いってなんなの?」という話に帰着すると思う

 

以前ブログで書いたが、僕は

「笑いは差別であり、それが許容される範囲は仕切りをどこに置くかできまってくる」

と考えている

http://ameblo.jp/gaya0721/entry-12227337191.html

 

一昔前までは「ホモ」や「レズ」は笑いの対象であり、

(今でもそれは日常会話において”無意識に””意図せず”しばしば使われるが)

テレビや漫画などでも”無意識に””意図せず”「それは社会から許容された笑い」として使用されていた

その表現に傷つき、肩身の狭い思いをしている人たちがいたにも関わらず

僕たちは”無意識に””意図せず”笑っていた

そこに悪意は全くなかった

 

漫画”ブラックジャックによろしく”に

「不妊治療」のテーマがあるのだが、その一場面の言葉を借りると

 

「ゆえに差別はなくしがたい」

 

なぜなら、それは無意識だったから

なぜなら、そこに悪意はなかったから

 

僕たちは知らず知らずのうちに

仲間意識をより高め、結束するためにその輪からから外す対象を

無意識に選別しているのかもしれない

だとしたら差別はなくしがたい 本当に

多分、無理 だ

 

こうして書くと、「不寛容社会」と昨今言われるように

自ずから息苦しい世の中になってしまうような気もする

 

しかし、その活路を切り開いてくれる

キーマンがいる(ご本人たちは無自覚かもしれないが)

その方達は、自ずから輪から外れる「対象者」として名乗りをあげ、

輪の外で活動していたが、不思議な事に

いつの間にか輪の中に(いやむしろ輪の中心に)

いる人たちだ

 

特に僕は

そのキーマン達の中でも乙武さんが大いにそのない腕で

道を切り開いてくれるんじゃないかと思っている

 

昨年不倫疑惑が表沙汰になった乙武さん

6股だったかなん股だったか忘れたが、そのニュースを見たとき

大いに笑った(この不倫で傷つかれた方達には大変申し訳ないが)

 

「両腕両足ない状態でどうやってセックスしてるんだろう・・・」

とか

「相手の女性が頑張っているのかな? だとしたら女性版オナホみたいだな」

そんな事を考えて笑っていたときに気づいた

 

「あれ、いま乙武さんを障害者として見てなかったな」と。

 

友達に「おまえ早漏かよ!かっこ悪いな!」

みたいな感覚で

「おまえ両腕両足ないのかよ! オナホみたいだな!」

とふつーに突っ込んで笑っていたのだ

 

それまで乙武さんの事は、聖人君子みたいであまり好きではなかったが、

一気に好きになった

一気に「友達になりたい」とすら思った

 

ここで肝心なのは乙武さんのツイッターでもわかるように

乙武さんがそのように笑ってくれることを望んでいることだ

 

そして不思議なことに、障害者ネタでイジって笑うことで

いつの間にか「障害者」と「健常者」の境界線は無くなり、

同じ輪の中にいたのだ

 

ここまでこのブログを書いて気づいたことがある

「意識」することが「差別」を生み出しているんじゃないか と

 

乙武さんの不倫ネタで笑っていたとき、ぼくは

乙武さんを「障害者」として意識していなかった

そう、これも”無意識に””意図せず” に笑っていたのだ

 

そして、これはおそらく「差別」ではない

この笑いは「差別」ではない

なぜなら、乙武さんはそのように望んでいるし、

そして僕は心から友達になりたいと思ったから

友達を差別したりはしないから

 

いま、ここまで書いて思った

LGBTを意識することが「差別」なんじゃないか?

シンポジウムを開いた方達、あなたたちが一番「差別」しているんじゃないか?

 

小学校時代を思い出して欲しい

女子が言う「〜ちゃんがかわいそう」は

〜ちゃんを”かわいそう”に仕立てているのだ

 

”無意識に””意図せず”僕たちは誰かを傷つける可能性がある

その配慮は絶対にしなければならないけれど、しかし、

”意識しすぎること”もまた差別に成りうる

しかし、そこにもまた、悪意はない

「ゆえに差別はなくしがたい」

 

しかしその差別をなんとか、笑いにできないだろうか

キーマンは乙武さんだ

乙武さんがもっとバラエティに出て、体を張った笑いをしてくれれば

(それこそダチョウ倶楽部的なところまで)

また何か違った世界が見えてくる気がした