ついにBitcoinに関してメモを書くことになりました。

断っておきますが、私はビットコインに投資はしていませんし、その将来性にも懐疑的です。ブロックチェーン技術それ自体は有用で、将来その技術を応用した「何か」が世界中で流通するだろうという予想には同意します。暗号通貨すなわちCryptocurrencyは何がしかの可能性があるでしょう。しかし、ビットコインという特定ブランドそのものには懐疑的なのです。

それなのに、何故メモを書くのか?

以前のエントリにも登場させた友人の優秀なカナダ人(30代)がいます。彼はトランプ当選を的中させています。彼が、ビットコインの可能性に着目し始めました。彼は、客観的であることに努めながらも、ビットコインが可能性を秘めていると感じていることを私に語り始めました。その彼との議論を踏まえて、現時点での自分の考えを書き留めたいと思ったのです。

ビットコインのメリット・デメリットは数多のサイトで語られているので、ここでは私が特に重視しているメリットとデメリットに絞ってメモを書いてみます。



【メリット】支配者が居ない自由な世界通貨である。

これは非常に大きいです。通貨を発行する者は、シニョリッジ(通貨発行益)を得ます。歴代の支配者は、シニョリッジによって潤ってきた側面があります。日本では日本銀行券が法定通貨として定められていますが、これによって日本政府と日銀はシニョリッジを得ている。だから、日本では米ドルは法定通貨ではないのです。

イギリスは(現時点では)EUの一部ですが、それでも通貨はユーロではなくポンドを保持しました。イギリスは通貨発行益を保持することの重要性を理解していたのです。EUの一部となってもポンドのシニョリッジだけは手放さなかったのです。彼らは賢かったと私は思います。

翻って、ギリシャは、スペインは、どうか。財政が逼迫したとき、通貨発行益を使って解決するという手段が取れない。なぜなら、ユーロがEUにコントロールされているからで、ギリシャ・スペインの思惑一つでは欧州中央銀行は動いてくれないからです。ドイツと違ってろくな産業を持たないギリシャ・スペインがユーロに参加したのは、失敗だったと私は思います。ギリシャ危機があったとき、ユーロを離脱して、ドラクマに戻ろうかという議論がありましたね?あれは、ギリシャ固有通貨ドラクマに戻れば、通貨発行益がギリシャ政府の手に戻ってくるので、ギリシャの財政を改善することができるという思惑がありました。※とはいえ、そういう方法で財政問題を解決するとインフレという形で国民を苦しめますので良し悪しです。

財政が逼迫すれば、シニョリッジを使い、財政問題を解消することができる。これは支配者にとって大変魅力的な制度です。手放したくない権益です。ところが、Bitcoinは、設計上それができない。マイニング作業を行う人々がシニョリッジを分け合う。支配者が居ない。また、設計上も発行上限がある。インフレは生じず減価しない。マーケットは全世界のインターネット。監視を受けにくい。誰の支配も受けず、世界中で自由に使われ、しかし発行制約ゆえに減価しない。

こういう特性があると、ブラックマーケットの決済で大いに使用されるでしょう。ブラックマーケットというのは強力で、大金が動いています。麻薬製造販売マフィア、ヤクザの売春ビジネス。なぜこういう業界はマフィアがやるのだと思いますか?それは法律で禁止しても、人間の本質的欲望につけこむので止められず、しかも需要が大きいので、大金を投資しても単価を上げても成り立つ「優良ビジネス」だからです。

しかしビジネスの決済(=支払)は難しい。もしVISAカードで1億円を払い、ヤクを買ったとします。そうすると、ヤクを買ったことが簡単にバレてしまうのですね。カネの流れと名義人が明瞭に記録されるからです。だから、VISAではなく、政府の監視の及ばない決済が好まれます。刑事ドラマでは、アタッシュケースに入れた現金1億を誰も居ない夜の港で引渡しますよね。現金は匿名性の高い取引ですが、しかし現金もナンバーが振られており、何で足がつくかわかりません。

そこへいくと誰の支配も及ばないビットコインは強い。ネット上の流れは把握できても、その追跡結果からリアルの世界の本人に辿り着くのは容易ではない。ブラックマーケットにとっては救世主のような存在です。中国人がビットコインを買っているのは同じ理由です。海外送金に制約が多い中国に於いては、違法海外送金するにはビットコインが最適なのです。違法でもいいから、政府の規制を受けずに、自由に資産を海外に逃避させたいのです。



【デメリット】価値の裏付けが無い。

ビットコインの裏付けは「マイニング作業」です。つまり電気代か労働力か、です。裏付けなど無いに等しい。これは重大です。ある日突然無価値になる可能性がある。

日本銀行券だってタダの紙じゃないかって?それはその通りです。しかし日本銀行券には「暴力」という裏付けがあります。徴税権、司法権、警察権、軍隊(自衛隊)。そういう政府の暴力が裏付けなのです。日本銀行券を価値あるものにしているのは、「政府はいざとなれば税金を搾り取るし、その税金払わないなら逮捕して牢屋に入れるし、貴方の資産を強制的に徴発しますよ」という政府による暴力の存在です。政府が暴力的だから、日本銀行券は信用されているのです。

昨今、その信用にも大きなキズが付きつつあります。しかしそれでも、ビットコインの「マイニング作業」よりは万倍の信用力があると思います。日銀券の価値が暴落するとき、日本政府はその価値を維持しようとあらゆる暴力を用いて努力します。しかし、ビットコインの価値が暴落するとき、だれがそれを阻止しようと努力してくれるのですか??

ゴールドだってそれ自体には何の価値もない。ビットコインそれ自体に何も価値が無くても問題ない。」 そういう反論があります。しかし、これは水掛け論です。論理的な結論など存在しない。人間が、ゴールドに価値を見出すのかどうか、それは「価値観」の世界です。「ゴッホのひまわりを美しいと思うかどうか」は価値観の世界です。私はちっとも美しいと思わない。しかし、多くの人は美しいと思っているらしい。ふーん、価値観が違うのですね。それと同じ世界です。論理の世界ではありません。

ゴールドは、数千年の間、人々に価値があると思われてきた。この点については、多くの人の価値観が共通するということが、歴史の事実を通じて証明されてきました。ビットコインは未だ数年です。多くの人が価値を見出してくれるのかどうか、全く不透明です。だから、通貨として機能するのか、大変危うい。



【補足】「減価しない」信仰について

政府の紙幣は、支配者の都合で大量発行されます。結果として、減価していきます。これは初めての不換紙幣発行国であるモンゴル帝国の時代からの変わらない真実です。不換紙幣は、増発され、減価します。

他方、ゴールドは、供給量が限られているから減価しないのが強みであるとの主張があります。それと同じで、ビットコインも発行上限が定まっているから、減価しないというのが強みであるとされています。「減価しない」という特性に関しては、ゴールドとビットコインは確かに同じかもしれません。

しかし「減価しない」という特性は必ずしも通貨として認められるかどうかの尺度にはなりません。ゴールドでないならシルバーは?プラチナは?ダイヤモンドは?サファイアは?エメラルドは?・・・・という具合に、数に制約があるために減価しないものなんて世界にゴマンと存在しているのです。それなのに、何故ビットコインだけがゴールドと同じなどと言い切れるのか。「減価しない」という特性は、通貨の価値を決めるうえでの一要素ですが、必須条件ではないと考えるべきです。

じゃあ、何なら通貨になり得るの?という話ですが、歯牙無いリーマンである私にはわかりません。私は、結局のところ「価値観」論争に行き着きました。「人々が歴史を通して価値があると思ってきたモノ」というのが通貨になるのでしょう。そこには法則性はないと思います。ゴッホのひまわりを美しいと感じるのに法則性が無いのと同じです。その意味では、ビットコインが、謎の法則性によって人々に受け入れられ、長期的に認められる可能性は0.01%くらいあるのかもしれません。



結論
ビットコインは、世界通貨として羽ばたくことは基本的に無いと思います。価値の裏付けが無いからです。「数の制約がある=減価しない」という特性はさほど重要ではありません。しかし、ブラックマーケットの決済機能としては生き残る可能性がそれなりにある。何故なら、価値がボラタイルだというデメリットを差し引いても、政府の監視が及ばないというのはブラックマーケットにとっては素晴らしいメリットだからです。他方、ブロックチェーンを用いて政府が何か新しい通貨を始めたら、それは普及すると思います。何故なら、その新暗号通貨には、政府の暴力という信用力があるからです。

そのように考えています。今後の趨勢を読むためにも、10万円くらい実験的にビットコインを持ってみるのは面白いと思っています。

以上