私が塾を開業したのは二度目である。
初めの塾は20年前。
今とは色々な事情が違っていた。
子ども達の様子も当然違っていただろう。
私は、いつも子ども達に、
人としての道理とか、常識とか、他者への思いやりとか、
勉強以前の問題をよく説いた。
子ども達は、それに応えようとしてくれた。
勉強ができる前に、心ある人間になってほしかったのだ。
親たちの中には、そんなことに無関心な人も少なからず居たが、それは無理もない。
現実、どこかに合格させて塾はなんぼであるのだから。
当時居た、ある女の子の話だ。
行きたかった中学の入試で不合格になった。
合格発表の場所から泣きながら電話を掛けてきた。
とにかく塾に来るように言って、電話を切った。
教室まで1時間。泣き通しであったらしい。
話しをして、やっと落ち着きを取り戻した。
まだ、明日も入試があった。
返事はするが、顔は上げない。まだ泣いたままだ。
その子が、どれだけその入試にむけて情熱を傾けていたかがわかる。
やっとのことで、話が終わり皆で席を立った。
その子は靴箱に向かい、靴を出した。
自分のではなく、お母さんの靴を先に出した。
私はそれを見てぐっと来てしまった。
そして、お母さんにこう言った。
『お母さん、こんなつらい時にこの子はこれができる子なんです。学校なんてどこに行ってもこの子は大丈夫ですよ。いい子に育ちましたね。』と。
こんどはお母さんが泣き崩れた。
いま、その子はどんな大人になっているだろうか。
音信が絶えて久しい。
私はこういう場面に立ち会わせてもらえて、幸せな人間である。
たった20年やそこらで、世の中は変わってしまった?
私はそうは思いたくない。
優秀である前に、良い奴になってほしい。
願いは一つだ。