一旬驕話(な):ハーバーマスの「基本的にイスラエル擁護」の公開書簡とチョムスキーと大江健三郎とラッセル卿への寄り道

 

  二回目のハーバーマス紹介   

  20224月ロシアのウクライナ侵攻に対してドイツのショルツ政権はウクライナ支援を躊躇していまして、ドイツでは政権の立場に賛否両論でした。社会学者、哲学者として知られているユルゲン・ハーバーマスはショルツ首相の立場を擁護する書簡を公表しています。その直後にショルツ政権は方針転換をしてウクライナへの戦車支援を決定しました。その様子を20225月に拙ブログの(今は雲散霧消してしまいました)前身「一旬片話」で報告しました。

 

  先日ドイツの新聞を眺めていましたらそのハーバーマスが今回のハーマス対イスラエルのガザ戦争に関して公開書簡を発表した旨の報道がありました。それを訳してみました。

 

  出典はシュピーゲル誌、掲載は11142125分です。オリジナル記事 https://www.spiegel.de/kultur/juergen-habermas-sieht-israels-krieg-prinzipiell-gerechtfertigt-a-9e3fcf13-15ef-401a-bdcb-465ca0f3d357 で読めます。ここではハーバーマスの写真も見れます(栗山:ハーバーマスは1929年生まれですから94歳です)。

 

新聞記事紹介 始め -------------------------------------------------------

  ハーバーマスはイスラエルの戦争を「原則として是認」;哲学者ユルゲン・ハーバーマスが中東戦争に関する公開書簡を公表。署名者は4名で、イスラエル並びにドイツ内のユダヤ人との連帯を表明

 

  ハーマスの虐殺に対するイスラエルの反応を「原則的に是認」と表明している公開書簡に署名しているのはハーバーマス、政治学者のライナー・フォルストと法律学者クラウス・ギュンター、政治学者ニコーレ・ダイテルホッフの4名(栗山:ウエブによるとハーバーマスを除く3名はフランクフルト・アム・マイン大学や付設研究所の教授や研究員)です。

 

  フランクフルト大学の「規範秩序」研究センターのウエブサイトに『連帯の原則』というタイトルで公表されました。現況では「相対立する視界」があり、それ故にいくつかの原則を明確にしておかなければならないとして、イスラエルの反撃は是認されるが、その実行詳細が、分割、民間人の犠牲回避、来るべき和平を見越しての戦闘の原則が討論されるべきであるが、「イスラエルの行動をジェノザイド目的のせいにする」にするのでは正当ではない、と述べています。

 

  公開書簡は、特にドイツ内での反ユダヤ的反応を憂慮しています。「ドイツのユダヤ人が再び生命と身体への脅迫にさらされて、路上での身体的暴力へ不安を抱かざるを得ない事態」は耐え難く、イスラエルとユダヤ人の生存権はドイツでは特に保護しなければならない要素であるし、その点を明確にしておくのは政治的共存の基礎事項であり、自由を享受する権利とレイシズムから保護されることは万人に適用されるべきであるし、「すべての言い訳の背後で反ユダヤ的情念と観点を捨てがたい人でもこれは堅持しなければならないのです」と述べています。

-------------------------------------------------------- 新聞記事紹介 終わり

 

  ノーム・チョムスキーのこと  

  上に紹介したのはニュースですから特段のコメントは付いていません。ブログ子は公開書簡を読んでいません。記事に接した限りでは、ドイツ内での反ユダヤ主義拡大への警鐘に主眼があるようです。この警鐘を鳴らすという点では多くの人が賛同する書簡発表だと思われます。それでいいのですが、この記事を見まして、90歳を超えても積極的に社会的な発言を続けていたノーム・チョムスキーを思い出しました。彼は1928年生まれですから、ハーバーマスより1歳年上です。チョムスキーは今年3月(このとき95歳です)に「ChatGPTは凡庸な悪だ」をニューヨーク・タイムズに寄稿して、「ChatGPTには知性が欠けている」と、こちらもChatGPTブームにブレーキをかけているそうです。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/22ebe1bce61ba0dc280712d626efa0d99f19c018

 

  生成AI は猛スピードで進化しており、今やChatGPT活用ナシには生き延びる道ナシと言われる業界もあるそうですが、他方では「ChatGPTには知的判断、道徳性が欠けている」と自明の如く語られています。ドイツ国内での反ユダヤ傾向への批判にしても生成AI への警鐘にしても、90歳を超えて、この「自明の如く語られる」視点を社会に向けて提示したり表明したり警鐘を鳴らしたするする勇気と気合はハーバーマスとチョムスキーに共通する美点です。

 

  大江健三郎さんやバートランド・ラッセルのこと   

  日本では作家の大江健三郎さんが晩年になっても社会的な問題への発言を続けていました。今年3月に亡くなりました。88歳でした。チョムスキーやハーバーマスが94歳、95歳でも発言を続けているのは、考えてみますと、「美点」で止めておくのは間違いです。二人は使命感の崇高さ、と言うか、使命を遂行する意思の強固さを共有しています。

 

  …… と書いていまして、そう言えばとバートランド・ラッセルを思い出しました。ラッセル卿は1960年核政策反対運動参加によって半年間も投獄されています。89歳でした。1967年にはベトナム戦争を裁く国際法廷を提唱、主導しています。95歳でした。197097歳で亡くなりました。

 

  いやはや、いずれにしても驚異的な知性と意思とエネルギーです。ガザの病院での惨状報告を目にしながらも使命感と意思の人たちへの讃嘆にたちいたった他愛無いブログで失礼いたします。