野良猫に餌やりを始めた頃の話ですが、だいぶ弱っている猫がいて、餌を手でやっても食べなかったので、ちょうど餌やりに来ていた方に初めて声をかけてそのことを伝えると、「うーん、柔らかい餌はやってるんですけどねえ」ということだったので、少しは食べてるのかと思って安心しました。そのことがきっかけで話し始めたのですが、その方は野良猫の餌やりを始めて6年になるということでした。餌やりも堂に入って、それぞれの猫の健康状態がわかっていて、固いものが食べられない猫にはスープをあげたりしていました。それから、彼がこんなことを漏らしました。「今までに結構多くの人が定期的に餌やりに来てくれたんですけど、だいたい3ヶ月はもたないんですよ」と。
「やはり、そうか・・・」と納得してしまいました。
彼は仕事が終わって、だいたい5時半ごろ毎日来るらしいのですが、結構な量の餌をあげていたので、「月に1万円くらい使います?」と聞いたところ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんと「16万です。」と、さらっと言うではないですか!
(はあ?)一瞬脳内パニックになりました。(野良猫に月16万円ってどういうこと?)と思って、「月16万もだしたら、家建てられますよ!」と言ったら、「まあ、猫のために働いているようなもんですよ」と笑って言ってました。
その後にわかったことですが、その方は家でも捨て猫を16匹保護していて、さらに1日に3市にまたがって10箇所で野良猫に餌をやっているとかで、餌やりが終わるのが夜9時過ぎになるとのことでした。それを聞いて尚更協力しないとと思って、餌やりを続けていたのですが、気がついたら、もう野良猫が可愛くて可愛くて、今では餌やりに行かないと落ち着かない感じになります。
ただその方ちょっと問題があって、野良猫への餌やりにはかなりのこだわりがあって、自分の気に入らないことに対しては、他のボランティアの方にかなり強く言ってしまうようで、それで来なくなってしまうというのも、他の複数の方から聞いたりもしました。まあ、同じ野良猫のためという目的でやっている仲間なので、お互い相手の意見を尊重し合って仲良くやればいいと思うんですが、そうならないのが人間の本質なんでしょう。
---------------------------------------------------------------- 大きくは、イスラム国の宗教や文化に関する主張、中国、韓国、日本、ベトナム、フィリピンの領土に関する主張などなど枚挙に暇がありあせん-------------------------------------そして、チャートの中で起こっているぶつかり合い------------------------どれも、人間の心が作り出しているものであることに変わりはないわけです。そして、勝者は常に冷静であり客観的に対応できる人になります。感情的になったらまず勝ち目はありません。感情的になっていいことは、やってる最中に楽しさや面白みがあるということくらいでしょうか。
感情は一種の麻薬ですから、そこから抜け出すのはなかなか難しいものがあります。ただ、豊かな感情なくして幸せを感じられないのも事実ではあります。なんでもそうですが、すべてのものには陰と陽が備わっているということでしょうね。
マイ・ルールの作り方の提言②を書く予定でしたが、長くなったので次にします。
下の画像は いたずら盛りのチャッピー(オス 推定1歳)です。
