昨夜のユーロ2012 イタリアVSイングランドの試合はPKの末イタリアの勝利で終わった。試合終了後、解説者が「いい試合でしたね~」と言っていたが、私にはそうは思えなかった。試合は終始イタリアのペースで進められていたからだ。イタリアとイングランドの決定的な違いは、イタリアにはピルロという司令塔がいて、イングランドには核となる選手がいなかったこと。個人技においてもイタリアの方が上回っていた。ただ、イングランドは守りが堅くイタリアはその守りを崩し切れなかったことと、ボールが相手ゴールポストにあたるなどして不運が続いたため、延長戦までもつれても0-0のままPK戦になってしまったかたちになった。
PK戦にもつれ込んだとき、私はイタリアを応援していた。理由はイングランドでは次の対戦相手ドイツには勝てないし、試合が面白くならないと感じたからだ。世の中に絶対はないが、ほぼ絶対イングランドではドイツには勝てない。今の日本でもイングランドには勝てるかもしれない。
PK戦で興味深かったのは、イタリアが最初にゴールを外し1点のビハインドになったことだ。もしこのままイタリアが負けることになったら、勝てていた試合を落とすことになるので、イタリア国民の不満は爆発するだろうと思った。そして、結果はイタリアの逆転勝利。イタリアチームの喜びは頂点に達したように見えた。一度は負けるかもしれないという不安を持ったわけだから喜びも一入だ。先日このブログにも書いたが、逆転勝利は人間の真理の喜びを助長させる仕組みがあるからだ。
トレードは、nagatattiさんの言うところの「当てもの」とみるか「やり方」で見るかで、その取り組み方は大きく違ってくる。サッカーに興味ない日本人にとって、イタリアが勝とうがイングランドが勝とうがどっちでも同じこと。これが、ワールドカップで日本VSイングランドの結果となれば、サッカーに興味はなくても全く違うものとして見えてくる。
では、トレードで考えた場合、例えは、上に行くと見てロングエントリーした場合、そこには自分の資金を投じているわけなので、普通の人間であればイタリアVSイングランドの観戦ではなく、日本VSイングランドの観戦になるはずだ。試合の途中で日本がいくら劣勢であったとしても日本人であれば日本を応援するだろう。
普通の人間と同じことをしてはいけないとよく言われるが、それが正しいのならどんなトレードでもイタリアVSイングランドの試合観戦のつもりでトレードをしなければ(または楽しまなければ)ならないのではないだろうか?
トレードをよく戦争(買い方と売り方の戦い)に例える人がいる。例えは正しいが、そこに敵と味方の見方を取り入れるとトレードはトレードでなくなり、当てものやギャンブルと化す。
「思い入れ」「期待」「恐怖」「欲」「怒り」「歓喜」など、これらの感情から解放されたとき、相場が正しく判断できていくような気がする。私はまだその境地に達していないので実践で修行を続けるのみだ。