母には敵わない(完) | 合掌

合掌

俺の生存記 

マサコさんは母と一緒に働き続けていた。
父と一緒になることもなかった。

「申し訳ないって謝るならずっとウチで働きなさいよ!
それが私の家庭を壊した代償よ!!」
母がマサコさんに放ったこの言葉は。
まさに呪いの言葉である。

しかしそうは言っても。
母が辞めるのを拒んだとしても。
店に来なければいいことであるし。
別にそれで問題はなかったはずである。
だがマサコさんは母に従った。
それは当然。
先生(母)の家庭を壊したと言う負い目のせいであったろうし。
やっぱり彼女の優しい人柄がそうさせたのだろうと。
俺は母の話を聞きながらそう感じた。
そして俺の実父がマサコさんに惹かれたのは。
母にはない(笑)こういう部分なのだろうなぁとも思った。

そんな二人の女が働く美容室はその間に変化もあった。
それは地元の写真館との提携であった。
成人式のレンタル着物を持ち込んで写真撮影をするというサービスの。
着付けやヘアメイクを母の美容室で行うことになったのだ。
これは母の美容室だけでなく他の美容室とも同じように。
その写真館は提携を結んでいたと言い。
他店に負けないよう新しい帯の結び方だとか。
ヘアスタイルの研究などにふたりは熱心に取り組んだ。
その過程で自然とマサコさんとの関係は修復していったと母は思った。
だがそんなある日マサコさんは母に言った。

「先生、私を解放してください。」

許してくださいでもない。
勘弁してくださいでもない。
「解放してください」と言ったマサコさんの言葉に。
母はものすごくショックを受けたと言った。
自分は彼女になんてことをしていたのだ。
彼女の負い目につけ込んで。
自分がやったことは脅しとと同じじゃないかと。
気付いたからだと言った。

しかし店は今やもう。
マサコさんなしには成り立たなくなっていた。
どうしたらいいんだろう。
自分のしたことへの後悔の念を抱え。
誰にも相談できずに悩んだ末。
離婚の時に相談に乗ってもらった司法書士を思い出した。
それが今の父との再会である。
離婚から5年の月日が経っていた。
俺が中学生の頃である。

南無妙法蓮華経

司法書士の先生に自分の思いを話すうちに。
母はこう思うようになった言う。
今まで自分の店が潰れずにやってこれたのは。
マサコさんがいたからだ。
彼女が一生懸命働いてくれたからだ。
今度は自分が5年分のマサコさんへの代償を払う番である。

マサコさんが辞めたら顧客の数は半分になるだろう。
でもそれなら返って自分ひとりだって店は回せるじゃん!
私はマサコさんが独立できるように力を貸そう。
司法書士の先生なら不動産関係にも顔が利くだろうし。
マサコさんが店を始めるなら。
自分が賃貸契約の保証人になってもいい。
そうだそうしよう!
母は自分の考えを司法書士の先生に話して意見を求めた。
すると母は先生に諭されたと言う。

「それじゃあマサコさんが新しいお店を持っても、
アイコさん(母)がくっついているのと同じですよ。」

うん。
確かにその通りである。
ってか「解放してください」っつってんだから。
何でその意味を解かんねーのかな!!
話しを聞きながら俺は母にツッコんだ。
「ほんとだよねぇ。あの時の自分に空気読めって言いたいよ!」
母も自分で自分にツッコんでいた(笑)

その後。
マサコさんは母の店を退職した。
母は司法書士の先生のアドバイスに従って。
幾許かの退職金をマサコさんに支払った。
それ以降マサコさんとの関係は途絶えたが。
司法書士の先生は良き相談相手として。
母との関係は途絶えなかった。
そしてそのあとの流れと言えは。
そう。
相談相手を好きになるっていう王道パターンだ(笑)
「お互いになんとなくね」なんて母は言ったが。
母の方が積極的だったのではないかと俺は思っている(笑)
こうして俺が高校生の頃
母は父と再婚した。

話し終えた母が俺に言った。
「色んなことがあったけど、今が一番幸せだよ。」

母は母であるけれど。
ひとりの人間でもあるのだなぁと俺はしみじみ思った。
俺にとって母は愛すべき人間である。
今さら俺が何か言うこともねぇけど。
あえて言うとするならば。

母さんには敵わない。(笑)

完。

合掌