アイツが家を出て行った | 合掌

合掌

俺の生存記 

会社から帰って玄関の明かりを点けると。
にゃーっと鳴きながら飼い猫のトモコが二階から降りてきて。
俺の足にまとわりつく。
いつもならムスコが真っ先に俺を出迎えてくれてのだが。
アイツがムスコを連れて実家に帰って今日で2日目。
真っ暗な家に帰るのはやはり寂しい。

アイツが家を出て行ったのは俺の寝言が原因。
くだらねぇ!!
じゃあなにか?
俺は夢も自由に見れないのか?
冗談じゃねぇよ全く。
俺はなぁ。
オマエの過去の出来事を受け入れたじゃねぇか!
それに比べたら俺の寝言なんてたいしたことねーわ。
ふざけんなよ!!
最後の言葉は飲み込んだ。
言ったら全て終わりになりかねない。
それくらいの判断力は俺にもある。

俺がどんな寝言を言ったかというと。
アイツとは異なる女の名前を呼びながら。
アイツの下着の中に手を入れたというが。
俺には全く記憶にない。
アイツが言うには。
一度は俺を押し返したものの。
しばらくするとまた同じことをされたので。
アタマにきて俺にビンタをしたと言った。
俺の記憶はそこからある。
いきなりのビンタに目を開けると更に往復ビンタをくらった。

痛ってぇ・・・
状況を理解できない俺にアイツは間髪入れず。
「マナミって誰?」と聞いてきた。
知らないと俺が答えると。
「知らないワケない。さっき2回も名前を呼んだでしょ!
私今までもその名前を寝言で聞いてるの。
正直に言いなって。浮気してるでしょ!」

俺は断じて浮気なんてしてないし。
マナミなんて名前も知らない。
知らないものは答えようがない。
そう言う俺とアイツで押し問答となる。
じゃあいい。
仮に名前を知ってたとしても俺は言いたくない。
言いたいくないことを俺は言わない。
しつこい!うるさい!ムスコが起きるだろうが!
俺がそう言うと部屋から出て行けと言うアイツ。
時計を見るともうすぐ午前4時。
俺は2階の寝室から1階の和室に降りた。

南無妙法蓮華経

二度寝はせずそのまま日課の早朝ランニングを行い家に戻ると。
普段ならアイツも起きていて朝飯の仕度をしているのだが。
まだ2階から降りてきていなかった。
俺はいつもよりだいぶ早いが出勤した。
そしてその日帰宅すると家は真っ暗で。
テーブルの上に交換ノートが置いてあり見ると。
「気持ちがクールダウンするまで実家にいる。
連絡不要。」と書いてあった。

腹を空かせたトモコが俺の足首を齧る。
見るとトモコの皿は空っぽでカリカリ一粒も残っていない。
家を出て行くならトモコのエサぐらい充分に入れてから行け!
トモコは俺がひとりの時から飼っている。
俺にとってムスコと同じくかけがえのない家族だ。
だがアイツにとっては簡単に捨てられる存在なのだ。
俺は無性に腹が立った。
好きなだけ実家に居ればいい。
連絡不要なのはこっちも同じだ。

大体。
寝言なんてのは不可抗力だ。
俺が浮気してるだって?
一緒に暮らしてりゃわかるんじゃねーの?
っていうかさ。
俺の知ってるアイツはこんな面倒くさい女じゃなかった。
頭が良くて頼りになって包容力があって。
そのクセちょっと抜けててそこが可愛くてさ。
いつからこうなった!?
それにさ。
俺思うんだけど。
夫婦だからって全ての秘密を共有しないといけないのか?
お互い隠し事はしないって言ったけどさ。
隠し事と言いたくないことは別なんだ。

マナミは俺の元カノの名前だけど。
彼女はもうこの世にはいない。
だから余計俺にとっては忘れられない女。
きっと生きてたら絶対こういう存在にはなっていない。
良くも悪くも俺の潜在意識の中にずっとマナミはいて。
これからも寝言で彼女の名前を言うかもしれない。
こればっかりはしょうがない。

と。
今これを書きながら思った。
逆の立場だったら俺も絶対に嫌だと思う。
寝言とはいえ。
アイツが違う男の名前を呼んで。
俺の下着の中に手を入れてきたら・・・
無理だ!!
そんなの絶対ダメだ!!
こんなことされたら相当傷つくよな。
寝言だからしょうがないって言うのはやっぱ俺が間違ってる。

今から実家に迎えに行ったらマズイかな?
いや。
やっぱ行って来る!!
ほんとにゴメン!!

合掌