さてこの男の一件はありましたが、こういうつまづきがあったからと言って遊郭の商売に障りがあるかというとそうでもない。

その辺りは水商売の面白いところです。

その晩はやけに大勢のお客が来た。
翌日からも店は大盛況‼️

店では若い衆が交代で回っておりますがそれでも人手が足りない状態です。

そうなると全部を回りきれない。
部屋に通されたはいいが粗末にされる客なんかも出てきます。

1人で酒をあおりながら、

「…何やってやがんだ、本当に。
冗談じゃねぇぜ、全く。
来てくれって手紙までよこすから来てみりゃぁ女はちょいと顔出してそれっきりだ。
そりゃ女は商売だから仕方ねぇが…若い衆でもおばさんでも誰か挨拶にお酌の1つくらいしてまわりゃいいじゃねぇか、ブツブツ…。
刺身を頼んだら下地(したじ=醤油)が来ねぇし。
いくら魚好きでも下地ぐらい欲しいじゃねぇか。
そのまま食えってか?
猫じゃねぇや、全く…!
こういうことをガミガミ言うとまた野暮な人だなんて言われるんだから勝手なもんだよ…ぶつぶつ。」

「あの〜…ごめんください」

「おう、開いてるよ。なんだい?」

「どうも、失礼致しやす。
あの〜お下地を持って参りました」

「チッ、遅いんだよ。
刺身が乾いちまったじゃねぇか。
もっと早く持ってこなくちゃダメだぞ。」

「どうもすいやせん。へへへ…。
失礼でございますが、あなたアレでしょ?
カスミさんのいい方で『かっつぁん』って方でしょう?」

「んん?なんだい。
なぜオレのことを知ってんだ?」

「いえっ、そんな『なぜ』ってあなた…へへへ。
今この家であなたとカスミさんのことを知らない人はいませんよ?
よぉく知ってんだから!」ニヤニヤ

「ふ〜ん…?
おめぇ見かけねぇ顔だけど、ここの若い衆なのか?」

「えっ?…ええ!
まぁ、そりゃもう何でしょうな?
若い衆〜というほどのもんじゃございませんが…若い衆のようなもんでございますねぇ」

「なんだそりゃ?」🤥

「いや、まぁまぁよろしいじゃありませんか。
あなたには一度お目にかかりたいと思ってたんですよ〜。
いや気持ち悪がらないでくださいよ。
どういう人なのかお会いしたいなと思ってたんですよ、へへっ。
よく聞いてるんですよ〜、カスミさんから!」

「おいおい、油かけにきたのか?」

「いやぁ本当ですよ!」

「まぁいいや。1ついこうじゃねぇか」🍶

「あ、いえっ、お気持ちだけで…!」

「酒飲まねえのか?」

「いえっ、決してそういうわけじゃなくて。
恐れ入りますがちょいと体ひねって頂いてそちらの棚に湯呑みが入ってましょう?はい。
それで頂きたい♫」ニヤニヤ

「図々しい野郎だなぁ…ほら。」

「ありがとうございます。
この方が飲んだって気がするんで、ええ。
ではお近づきの印で…ぐびぐび…プハーッ!
いい酒なんですよ、ここのは。
いや〜実は私カスミさんにはいろいろご贔屓になってましてね。
お使いさせて頂いたりとかご用をさせて頂いてます。
あっしもカスミさんは好きなんですよ〜!
女っぷりは良くて売れっ子なのにそれを鼻にもかけないし、竹を割ったような気性でね!
ちょくちょくお話をさせて頂いてるんです。
この間もねぇ…あなたのお話伺ったんですよぉ。
そこでねぇ…(ぐびっ)ノロけられちゃいましたよ〜。」ニヤニヤ

「ふふ…そうかい?
なんか言ってたか?」

「いやぁ〜何言ってたなんてもんじゃないよ、あなた〜!
本当にねぇ。
とてもシラフじゃ聞けませんよ?(ぐびっ)デレデレ
この前ねぇ…カスミさんに何かご用ありますかって言ったら

「いいからちょっとあたいの話を聞いて!」

ってこう言われましてね?
少し酒も入ってたようで。
何でも昔から男嫌いで通っていたと。ねっ。

「この勤めになってからも男に惚れたことなんかないの。」

と、こう言うんです。(グビッ)
ああそうですかぁって言ったら

「それがねぇ。
どういうわけだかあのかっつぁんには…」

と、こう言って言葉が途切れたっ!」

「ふぅ〜〜〜ん・・・ニヤリ
うん。何て言った?」

「聞きたいでしょう?ニヤリ
あっしは聞き返したんだ。(グビッ)

『ふむっ。あのかっつぁんには?』

そしたらねぇ。
私の顔ジーッと見るから何言うんだろうと思ったらねぇ!

『・・・(プイッ)』真顔

こうして顔を横に向けちゃったんですよ。
何にも言わないで。ねっ?
すると私の目の前にカスミさんの白いうなじがある。
うなじですよ、うなじ。
ウナギじゃぁないよ?
その白いうなじに赤みが差した‼️
ねぇっ!これでわかるってやつだ!

『はぁ〜、この気の強い人がこんなにも可愛らしくなっちゃうんだ』

と思いましてね。
この人をこんなにクタクタにさせちゃう男ってのはどんな人だろう?
ひとつ会ってみたいなと思いました。(グビッ)
で、さっきカスミさんがすれ違い様に

『今、うちのが来てるのよ』

ってふっと言ったんで、何とかしてこちらへ入りたいなと思いまして。
今、ご用があって下地を持って推参したとこういうわけなんです。ええ!
いや〜恐れ入りました。
『男を惚れさす男でなけりゃ粋な年増は惚れやせぬ』ってなぁホントですねぇ!(ゴクゴク)
こうやって拝見して、男のあっしが見て「あぁ、いいなぁ!』と思うんだから!
女はたまんないよ、本当に!
憎いなぁ、あなた!」

「へへっ、なっ、なぁに言ってやがんだ、ホンットに…よせよぉ、おい〜。
しょうがねぇなぁ、全く。
う〜ん、フッフフ…これでタバコでも買え♫」デレデレ

「ありがとうございます〜!ニヤニヤ
いや〜私が思ってたような人だから良かったですよ。
世の中にゃ『あれっ?思ってたようなのと違うな』と思うこともあるでしょ?
そうなるとカスミさんまで妙に見えてきちゃうんだ。
それがお似合いだもの!(グビッ)
この前ねぇ、カスミさんがおばさんと喧嘩してたんですよ。(ググ〜っ)
プハーッ、ええ、今話します。
もう一杯注いで頂いて…今話しますから。はい。
あなたしばらく来なかったでしょ?
それでカリカリっと来てたんだよ。
それでおばさんが

『ちょっと!
かっつぁんばかりが客じゃないのよ?
他のお客さんにも機嫌良く出て頂戴よ!』

『だってイヤなもんはイヤなのよ!』

『そんなこと言ったってお前さんは勤めの身なんだから!
そんなこと言えないんだよ❗️』

これ言っちゃ何も言えないでしょ?
そしたら涙浮かべてねぇ…。
またその姿がいいんでさぁ。
半纏がこう半分ずり下がってね。
膝を横に崩してこう…柱に寄りかかってるのが何とも言えねえんだ♫
よっぽど悔しかったんだねぇ。
涙浮かべながら咥えてた楊枝をバリバリ❗️って。
歯が丈夫なんですねぇ。
『ちきしょう!』って言いながら三味線持ってきてぶつけてましたよ。
都々逸でねぇ。
あなたにこの文句を聞かせてあげたいよ。
ピーンと歌い上げたところで『この人は江戸っ子だなぁ〜!』って嬉しくなりましたよ!
本当にぃ、憎いなぁあなた!
ウッフッフッフ〜!もう一杯頂戴な♫」ニヤニヤ

「ごめんね、遅くなっちゃってさぁ〜。
…あらっ?なあに?」

「あっ、どもども!
お邪魔してます♫」ニヤニヤ

「お邪魔してますって…何?
あなた、この人呼んだの?」

「いやいや、呼びゃしねぇよ。
向こうから入ってきたんだ。
なんだ?おめぇも知らねえのか?
若い衆なんだろ?」

「ううん。若い衆じゃないんだよ。
この人…今、居残りしてる人なの」

「えっ⁉️なんだ居残りかい⁉️
道理で様子がおかしいと思った。」

「えへへ…どうもニヤニヤ
これをご縁にぜひひとつご贔屓に♫」

「どうして来たの?」

「どうしてじゃねぇんだよ〜。
元はと言やぁこのうちがドジなんだ。
刺身頼んだら下地が無ぇ。
オレが文句言ってたらこの人が持って来てくれたんだ。」

「えぇっ、この居残りさんが?
まぁ…すいませんでしたねぇ。」

「いえいえ!そりゃいいんですよ。
廊下を通ったらこちらのかっつぁんの
『下地が無え。猫じゃねぇやっ!』
って言葉が聞こえたんですよ。
これはあっしの見せ所と思って下地を探しにいくとある部屋の前に台が出てたんです。
そこにあった徳利を振ったらガバッと音がしたんで、薬味のネギを払って持ってきたんです」

「おいおい!
それじゃこりゃ蕎麦つゆじゃねぇか❗️」

「いやぁどうも!へへへへ!
あんまり長くなるとお邪魔になりますんでいずれまたそのうちに!
イヨッ♫」ちゅー


こんな調子で昼間はいろんな花魁と話したり、手紙を書いたり破れた枕を直したりと何かと世話をする。

そうして店の中をうろつくようになると暇な客を見つけて


「ヨッ、あなた!イヨッ♫」ちゅー


ってな調子で来るもんでお客の方も呆気に取られてぼんやりしてしまう😶
何だかわからないうちにいくらか取られるような始末。

2階を端からずーっと回り、花魁からはお使いの駄賃を貰っていくので、だんだんと懐の都合が良くなります🤑

するとどこで買ってきたんだか、派手なモモヒキなんぞを履いて片手には扇子を持ち、その姿で方々をまた回る。

とうとう客の中にはこれを楽しみにする者まで現れます。

「おばさん、なんか陰気だよ。
前にいたの呼んでくれよ!」

「はいはい。芸者ですか?」

「違うよ。この前面白いのがいたろ?」

「あっ、居残りさんですか?
あの方でいいんですか?」

「いいんだよ。早く呼んでくれ」

「は、はいっ。
ちょ〜いと〜〜〜❗️イノ〜ど〜〜ん❗️」

「へぇ〜〜〜い…!」

「13番さんお座敷ですよ〜〜〜❗️」

へぇ〜〜〜い❗️(ガラッ!)
チャラカチャンタラッスチャラカチャンっ♫
イヨッ♫デレデレ
ホレッ♫ニヤニヤ
ハッ♫ニヒヒ
ヨッ♫」ちゅー


こんな調子ですから、本物の若い衆に響いてきます。


「驚いたよ、おい…。
こんなに忙しいのに懐に入ってこねぇだろ?
何でだろうと思ったらあいつだよ…。
居残りが先回りしてみ〜んなやってんだ!
またよく働くしよく気がつくんだよ、あいつ❗️
あいつが行ったあとじゃもう用がねぇからこっちに何もくれねぇや、バカバカしい!
こっちが干上がってどうすんだよ⁉️
旦那に話をしたらそれじゃ仕方ないからもう帰そうってなったよ。
おっ、来た来た。おうっ!居残り!」

「ヨッ!へいへい!お座敷はどちらで?」デレデレ

「バカやろう。勝手なこと言いやがってムキー
旦那がお呼びだからこっち来な!」


廊下を歩いて奥の部屋へ。
若い衆さんが襖をスッと開けると中には黒髪に白髪が混じってますが、なかなか品のある雰囲気の旦那が座っています。


「…旦那、居残り連れてきました。」

「おお、中に入りなさい。
お前さんは仕事に戻っていいよ。
私とはお初にお目にかかるね。
早いうちに手を打ちゃよかったんだろうけど、野暮な真似はしたくないなと放っておいた。
そしたらこういうことになった。
まぁとにかくあなたも宿小屋のない人じゃないだろうし、一旦お帰りなさい。
勘定は帰ってまた働き出して、少しずつでも構わないから持ってきてくれればそれでいいから。
待ってる人もいるんだろ?
そうしなさい。」

「グスッ…あ、ありがとうございます…😢
旦那にそんな優しい言葉をかけて頂くとあっしは面目無くって穴があったら入りてぇぐらいです。
実は…ここを出られない訳がありまして…」

「なんだい、その訳ってのは?」

「あっしは…一歩外へ出れば御用取ったと十手風。
どうぞ…ここに置いといてくださいまし…」

「えぇ…?なんだ。
お前さん…何か悪いことでもしたのか?」

「人殺しこそは致しませんが、野盗・かっさり・家尻切り(やじりきり)、悪いに悪いを重ねて五尺の身。
置き所のねぇ男でござんす。」

「そんな風には見えないが…物腰も柔らかいし。」

「仰る通り…親父は真っ当な暮らしをしておりますが、あっしは生まれついての悪性でして…。
ガキの頃から手癖が悪く、抜け参りからグレ出して、旅から旅を稼ぎ歩いて、碁打ちと言っては寺方や豪家へ内入り盗んだる、金の身丈の罪科(つみとが)は毛抜けの塔も二重三重…」

「なんか芝居で聞いたことあるような…」🤥

「どうかほとぼりの冷めるまでどうかひとつ匿ってやっておくんなさい…!
お願いします。この通りで…」

「ちょっちょっ、ちょっと待った。
それを聞く前ならいざ知らず。
聞いてからそりゃとんでもない話だよ。
知って匿ったとありゃウチだって信用を失う。
高飛びでもなんでも、早くどっかへ行ってくれ。」

「高飛びしてぇのは山々なんでございますが…先立つ路銀に事欠いて…」

「あぁ、わかったわかった!
ちょっとその手文庫(てぶんこ)を持ってきてくれ…。
じゃここに10両あるから。
早くどっかへ行きな」

「ありがとうございます。
遠慮なく頂いておきます。
あとお願いがあるのですが…このナリでは人目に付きますんで、何か旦那の着物を頂きたいんですが…」

「そりゃ構わないが…寸法が合うかね?」

「ええ、この間測ったらピッタリでして…」

「測ったのかよ…滝汗
おーい、何か私の普段着出してやってくれ。」

「いやっ、この間に越後屋からあがってきた結城(ゆうき)の対が…」

「よくそんなこと知ってるね…。
おい、あの着物出来てきたのかい?
何で私に言わないんだ…⁉️
この人が知ってて私が知らないとはどうしてだよ?
いいから出しな。
そんなもん見込まれちゃったんだから。
置いといたら縁起でも無いよ。」

「あと帯も…」

「わかったわかった。
あと草鞋と、半紙、手拭いも出しといてやるから。」

「へい…ありがとうございます…!
旦那。あっしはこのご恩は骨がシャリになるまで…」

「そんなこと言わなくていいからさっさと行っとくれ!」

「へい!ありがとうございました!」

「はぁ、驚いた…大変なやつだ。
おい!誰かいないか?
あっ、今あの居残りが出て行ったんだが、表で捕まったりするといけないから、ちょっと様子を見てきてくれ!」

「へいっ!」

「やつや〜ま〜下〜のぉ〜おぉ〜っと〜」口笛

「あっ、まだ呑気にこんなとこにいやがった。
おい!居残り!」

「おっ、どうしたんだい?
これから使いでも行くのかい?」

「そうじゃないよ。
お前こんなとこウロウロしてていいのか?
捕まったらどうすんだい⁉️」

「捕まる?…ああ、あれか!
いやぁお宅の旦那ってのはいい人だねぇ!」

「そりゃそうだよ。
この辺りじゃ神様か仏様みたいに言われてるよ。」

「良く言えばいい人だ。
悪く言えばバカだね」

「ばっ、バカとはなんだ⁉️」ムキー

「ちょっとこっちがいろいろ悪さをしたって言ったらこんなナリに路銀までちゃんとくれたんだ。
お前さんもこの商売で飯を食おうってんならオレのことを覚えときな。
オレは居残りを商売にしてる佐平次ってもんだ。
まだ品川じゃやったことがねぇからうまくいくだろうと思ってお前んとこに行ったが、いい稼ぎが出来たぜ♫
旦那によろしく言っといてくれっ。
あばよっ!」

「あっ!ちきしょう!悪いヤツだねぇ〜。
旦那!悪いやつです、あいつは!」

「いや〜気が付かなかったよ。
物を盗ったり…」

「いやいやそうじゃないんです!
そんなことはしてないんです!
あいつは居残りを商売にしている佐平次ってもんだそうですよ⁉️」

「なんだって⁉️居残りを商売に⁉️
ちきしょうめ、人をおこわにかけやがって!」

「ええ!
そりゃ(白髪混じりの)旦那の頭がゴマ塩でございますから」

〜終〜
さぁ、いかがでしたか?
急遽書き上げましたのでいろいろ不格好なところもあるかもしれません。

このお話、何が究極だというのかを私の個人的な考えで改めて説明させて頂きます。

想像してくださいね?

プロの噺家・落語家。
つまりは『喋りのプロ』とされる方々にとって、


『天才的に喋りの上手い人物』を演じる


というのはなかなかエグいことだと思いませんか…⁉️滝汗

そういう意味で究極の演目だと思うのです。
これを文章で表すのはとても困難だと思いまして、今までなかなか手を付けずにおりました。

まぁこれも談志師匠が「いい加減にこれも出しときなよ」とつついてくれたのかもしれないなと思います😅

ちなみにこのお話のサゲ。
説明無しではちょっとわかりづらい。
白髪の混じった黒髪をゴマ塩に例えただけなのですが、急に言われるとピンと来ないんですね。

なので談志師匠は少し変えられました。
テレビでは恐らくは談志師匠独自のサゲになってるであろうと思います。

は〜…30分番組でこの演目が出るとは油断しました。笑

しかしこうして不格好ながらお出しできたことを喜びたいのと、お読み頂いた方に厚く御礼申し上げます🙏

ではまた(^^)