『一時外泊』だったので、その日を含めて2泊3日できた。
夕方には小学校の頃から親しい友人3人を招いた。
友人たちには私が入院してしばらくしてから、母親の方で病気のことを伝えてもらった。
私たちは高校は別々だったのだが頻繁に連絡を取っていたり遊んだりしていたので、いつかはバレるだろうということで母に伝えてもらうようお願いしたのだ。
しばらくぶりに合う友人は懐かしくもまた楽しかった。私が、外泊許可が出たので遊ぼうと誘うと、何が何でもいくよ!と言ってくれ、たくさんのお菓子とジュースを持ってきてくれた。
不思議とギクシャクはしなかった。昔と変わらない話し方とテンポや空気で、友達でよかったと心から思えたし、同時に心の底からたくさん笑えた。
友人たちが帰った後、シャワーを浴びることにした。シャワーを浴びるとき、私の髪の毛は抗がん剤の作用でだいぶ抜けていてあられもない姿ではあった。所々髪の毛は抜け落ちてはげ上がっていた。
悪あがきで残していた髪の毛だがここまで来るとかなり醜い。母とも病院に戻ったら坊主にしようと話をしてシャワーを浴びた。
以前より細くなり骨張った体を洗い、最後に髪の毛を洗った。すると髪の毛は手を覆うほど抜け、頭をこすればこするほど髪の毛が抜けた。床はみるみる私の髪の毛で黒く染まった。まるでホラー映画の一部みたいだった。思わず「わっ!」と声を上げてしまうほどで、頭を一通り洗い終える頃には髪の毛もほぼ抜け落ち、床は真っ黒。バスタオルで髪の毛を拭くとそこにも大量の髪の毛が付いた。
着替え終わってからさすがにこの惨状では排水溝が詰まるとまずいだろうと思い母を呼ぶと母も驚きを隠せない様子だった。
そして私の頭を見てまた驚く。
「すごいね、ホラー映画みたい・・・」
私も改めて鏡で頭を確認するとほとんど抜け落ち見るに堪えない頭になっていた。
それがまた自分の中ではショックだった。
母が排水溝のに溜まった私の髪の毛を捨ててくれ、または母と頭や髪の毛の話をするが母は笑いながら凄いねと繰り返す。
「本当にね」
なんて笑いのネタにできたのは幸いだったかもしれない。
その日初めての夜、どこにも繋がれていない開放感。自分の家で、ベッドで寝る安心感が心地よかった。こんなにも家族が、家が愛おしいことを知った。
帰りたくない。
心の底からそう思った夜だった。