母親が妹のごはん支度を含める家事がまだ残っていたので、母は一足早く帰ることになった。父はもう少し残るとのこと。

 父と二人きりになり沈黙が流れた。でもその沈黙の中で今日あった出来事が頭の中を駆け巡る。改めて湧く「白血病患者」という自覚が押し寄せてくる。

 唐突に一変する環境、この先どうなるかわからないという不安が実感として急に出てきた。母の前では強がっていた自分がここにきて急に崩れ始める。

「…頑張ろうな」

父の言葉を皮切りに涙があふれた。

恥ずかしくて声を抑えながら泣いた。父は呪文のように「頑張ろうな」とつぶやき、

「ごめんな、これしか言えなくて」

と言った。その言葉にまた涙が止まらなくなった。

父が帰った後のことはもうよく覚えていない。でもぼんやりとどうなるんだろう、とか死ぬんだろうか、とかそんなことを考えながら眠りについた。

 

 次の日から検査や投薬、慣れない病院生活に戸惑いながらも5日後の検査結果を待つ日々になった。

毎日父と母が夕方にお見舞いに来てくれた。

23日には2つ下の妹もやってきた。反抗期真っ最中の妹だが私を心配してきてくれた。ちょうどお祭りの季節だったこともあり、綿あめをたずえて父と病室に来た。特に凹凸のない兄妹の会話をして、妹は習っていたバレエもあってその日は早めに二人とも帰っていった。

母はパートが終わってからくるのでそれまで少し一人の時間が長い。それが寂しかった。

二人を見送りながらも内心はもっと居て欲しかったなと思った。

 

7月26日。主治医から6日前の検査結果が出たので16時から面談があった。父も母も私も緊張と、「マシな結果でありますように」という想いで臨んだ。

だが現実はそんなに甘いものではなかった。

「急性リンパ性白血病(ALL)」という病名を再び突き付けられ、さらにその中でもどんな治療法が有効なのかという説明を受けた。その説明の中で出てきたのが「骨髄移植」だった。

 私の場合は「同種造血幹細胞移植」という移植で他人の「造血幹細胞」を貰い、私に移植するというものだ。「造血幹細胞」自体は液体で、移植手術自体はその液体を点滴で投与するだけなので全身麻酔などの必要がなく体への負担は少ない。だが移植前には移植前処置と言って腫瘍細胞を減少させ、私の免疫細胞を抑制する。そして、「同種造血幹細胞移植」を行うことで、移植された造血幹細胞が私の骨髄に根づき生着するのを待つらしい。

 また腫瘍細胞を減少させるにあたって抗がん剤や放射線の全身照射も行うので放射線による副作用についてや、一時的に移植前には体の病原菌に対する組織がいなくなるため感染症や合併症により命を落とす可能性があることも説明を受けた。

 耳をふさぎたくなるような現実。本当に生き残れるのだろうか。先生の話を聞きながらそう思った。

 一通り説明を聞き終え、部屋に戻るとき

「骨髄移植は嫌だなあ…」

私の口からぽろっと漏れた。

 父と母が心配してくれるのがつらかった。

ごめんね、母さん、父さん。と心の中で何度も思った。

その言葉を口にして悲しい思いをするのは父と母だから。それだけはこぼれないよう必死に胸の中に閉まった。

 

 

 

 

どうも、「僕が白血病患者になった日」を随筆してます。Gaskと言います。

 

最近少しずつ見てくれる人が増えて嬉しいです。

 

池江選手も同様の病気とあり心配です。

 

この話は実話です。

最近この話を挙げていてどれくらいの人が興味があり続きを読みたいと思っているのか気になって普通のブログを書いてます。

今月あと一話UPしようか迷ってます。

みなさんは気になりますか?それとも割と来月でよかったりしますか?

 

コメントかいいねか、してもらって、お声が多ければ

UPしようと思ってます。

ご意見待ってます。

 

ちなみに1章は半年間の物語になってます。

2章以降は体調と私の記憶能力次第で書こうと思ってます。

 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 主治医からマルク検査の概要を聞いた。

 腰に麻酔をしてから骨髄まで針を刺し、そこから髄液を採って終了というものだった。針が苦手な私は痛くないかを再三聞いた。先生曰く麻酔はするけれど、採るときに一瞬痛いという人もいるということで、一抹の不安を抱えながらも自分の病室へと案内された。

 案内されたのは血液腫瘍内科の患者を受け持つ病棟の無菌室だった。本来は抵抗力のない人たちが菌に極力触れないようにするために使われる部屋だがどうやらそこしか空きがなかったらしい。部屋には仰々しい機械がいくつもあり、一般の個室にもあるテレビと冷蔵庫の一体型のほかに、電子レンジや冷蔵庫なども設置してあった。

 看護師さんから部屋の説明を受け、そのあとすぐ処置室に呼ばれた。初めての大掛かりな検査に心拍数は上がっていた。

 ベッドの上に横になることを促され、シャツを捲りあげた。ふと針がどんな太さか気になったのだが、先生から「怖くなるくらい太いから見ない方がいいよ」と言われ血の気が引いた。

 最初に消毒液を腰に塗り、さらにもう一度消毒液を塗って乾いてから、いよいよ麻酔の針が刺さる。最初は浅い部分に刺し、ある程度麻酔が効いてきたら更に骨髄に近い、深い部分へまた麻酔を刺す。

 これが痛い。

 初めて腰に針が刺さる。そのあと、本番の針が入ったらしい。

らしい、というのは針自体は麻酔が効いているので痛くない。ぐっと骨髄に向かってなにかに押されている感覚。針が骨髄に刺さり、先生が掛け声とともに注射器のようなものを引く音が聞こえる。

 骨髄から何かが引っ張られる。耐えられないわけではないがそれでも初めて味わう奇妙な感覚の痛み。

 2・3度引っ張られた後、針は抜かれ、厚めのガーゼを張られ、仰向けになって厚いガーゼの部位に体重をかけ、止血する。1時間後看護師さんが止血の確認をし、許可を貰ってから病室へ帰った。

 病室で待っていた母に合い、こんなんだったと様子を話す。それだけでも随分と気が楽になった。

 しばらくしてから父親も合流し、先生に言われたことや、その日貰った私の現状についてまとめられたプリントを渡した。

先生からは詳しい検査結果をもとに今後の治療方針を決めていくため、6日後にお話がしたいと言われた。その間はステロイドという薬を投薬するという。

腕に針が刺さり、点滴棒にステロイドが入った袋がぶら下がる。そこから腕まで管がつながっている。

「ああ、病人になったのだな」

そう強く感じた。