7月20日は高校で体育祭の当日だった。

朝から重い脚を引きずり、二階にある教室まで通うのにここ最近途轍もない疲労感に襲われていた。熱も40℃近くあり、そのせいで体がだるいと感じたり、体力が急激に落ちたんだと考えていた。ただ不思議と元気な部分もあり、当日は自分が出る予定だったサッカーにも出場する気は満々だったのだ。だが、目は充血していて片目が真っ赤になっていた。唇にできものができて人に見せられるようなものではなく、当日はマスクでそれを隠していた。

 体調はすこぶる悪いが、たいしたことないと思っていた。母と病院にも何度か行って薬を処方してもらっていたのでそのうち治るだろうと、そう踏んでいたのだ。

 同級生たちと談笑しながら朝礼の時間まで暇をつぶしていると、勢いよく教室のドアが開き、担任教師がずかずかと入ってくる。顔つきがいつもより神妙だった。

「お母さんが今から迎えに来るから、帰る準備をしなさい」

 そういわれ、一瞬、嫌な予感がした。

 同級生が心配そうな顔をするので大丈夫だよ、とか、冗談を言いながら帰宅の準備をした。

 階段を降りるときも、すぐに息が切れて、無事玄関に着くと母がもう到着していたことにほっとした。

 車に乗り込んで、今から医科大学病院に行くと言われ嫌な予感は、ますます募った。今思えばその時の母の顔は少しばかりこわばっていたのかもしれないが、母は動揺を見せないタイプなのでその時は見抜けなかった。後から聞くと、『親の動揺は子に伝わるから親は堂々としていないといけない』と言っていた。

 

 医大までの車中の空気は、嫌な空気だった。そんな中空気を換えようと私は、「もし自分になんかあっても俺後悔とかないからなー」などと口にした。その時は本当にそう思っていた。もし自分が今死んだとしても何か後悔することはない、と。

 母はどんな気持ちで聞いていたのか、今更後悔する。

 そんな会話でも母はいつも通り飄々としていて、医大で検査するときも“いつもの母”だった。

 

 血液検査をするとき、九本採りますと言われた時は驚いた。そんなに採るのかと。驚いていると看護師さんが、「たくさん採っているように思われますが量自体はそんなんでもないので大丈夫ですよ」と慰めてくれた。「でも体調が悪くなってきたら言ってね」と言われ「はい」と頷いた。

 消毒したのちに針が刺され、血液が採られていく。一本二本と採られ最後に近づくにつれ血の気が引いてきた。

「すいません、ちょっと体調が悪くなってきました」

「あと2本だからもう少し我慢してね」

 焦った声で言う看護師さんの声が急に遠のく。

 視界も周りが白く覆われ周りの看護師さんがバタバタとし始め、うっすらと聞こえる看護師さんの声と、自分の脇を抱えどこかに乗せたのだけはわかった。

 

 気が付いたらベッドで横になっていた。隣に母が座っていた。

「初めて気絶?したわ」

 母に冗談めいて言い、こんな感じだった、とこと詳しく説明する。母は笑いながら聞いていた。

 

「検査結果出たら呼びますから、ここで横になって待っていてください」

看護師さんが私たちに言った。頷いておとなしく待つことにした。

 暇だったので携帯を見ながら待つことにした。

 その携帯で私は自分の病気について気になってしまった。

 自分の症状を調べていくうちに一つの病気の症状に当てはまることに気付いた。

「なんか白血病っぽいな。俺」

「なに、調べたの?」

「うん、発熱とか、口の血が止まりにくいとか、あと目の充血。痣はあまりないけど」

「やめなー、そうやって不安になるようなこと調べるの。グーグル症候群みたい」

「ネットで調べて勝手に信じるやつでしょ?」

そんなやり取りをしながら検査結果を待っていると、看護師さんから部屋番号を告げられ、そこに案内された。

内心あまり緊張などはしていなかった。むしろこんなに大きい病院に来たのだから大丈夫だろうという安心感さえあった。ただ、私を待ち受けていたのは酷く長く苦しい、闘病生活だった。

 

「僕が白血病患者になった日」

 

【プロローグ】

 

 突然、「貴方は死ぬかもしれません」そういわれた時、あなたなら何を思うだろうか。

よくドラマなんかでは「何で私が」と口にする人が多いが、私は違った。

 

 正直そんな感情よりも、隣で嗚咽を上げる母への心配でいっぱいだった。

 普段からあまり悲しみや動揺といった感情を見せない母の珍しい姿。看護師さんと一緒に背中をさすりながら「大丈夫だよ」と声をかけた。

まるで母が患者みたいだった。

 血液検査の結果を主治医は見せてくれた。そこには英語の羅列の横に数字が並んでいた。

「これが白血球の数値ですが、雄太さんの数値は通常の数十倍になっています」

――私は、急性リンパ性白血病と診断された。

 

 「白血病」という言葉が脳内を巡る。今までテレビで出てきたドキュメンタリーでも多く取り上げられていた病気だ。そしてそのドキュメンタリーでは、私が記憶する限り、全員亡くなっている。

 初めて恐怖を覚えた。

 初めて死を感じた。

 私は主治医に恐る恐る、「死ぬんでしょうか」と尋ねた。心の中では何故か「NO」の答えを待ち望んでいた。

 だがもちろん、そんな答えが返ってくるわけがなかった。

「死ぬ可能性はあります」

 主治医から告げられた「死」という言葉が再び私に恐怖と死を体感させる。先程よりもいっそう重く、強く。

「今日から入院してもらいます。まずは骨髄に針を刺して検査するマルク(骨髄穿刺)検査をします」

 こうして僕は7月20日。白血病患者になった。