しばらく調子がいい日が続き、父には無茶ぶりだがお見舞いに来るときにたこ焼きや炙りイカなどを買ってもらってきた。病院食はまずくはないがどうしても味に飽きてしまう。

 抗がん剤の投与をしたので白血球は下がっていくので、生ものなど火を通していないものは食べられないが、逆を言えば火を通しているものなら食べられる。そのため調子のいい日は生ものではないテイクアウトの食品がないか考え、食べたいものがあったらそれを父に頼んでいた。父も食べてくれるのはうれしいようで、完食するとニコニコしながら喜んでくれた。

 病気がわかってから哀しい思いをたくさんさせてきてしまったので、父が喜んでくれるのは私も同じくらいうれしかった。

 夜には母が訪れて、母は「何か話してよ、スマホいじらないでよ」とせっついてくる。「いや1日病院なんだから何もないよ!」とか言いながらも、その日あった出来事とか、食事や周りの患者さんや看護師さんの話なんかをして、盛り上がった。

 ある日は母が妹のドナーについて、「適合すると思うって言ってたよ」と話した。なぜか妹はドナーとして適合する気満々らしい。なぜか自信があると言っていたと母が笑っていた。私もそれなら安心だね、なんて笑っていた。

 ドナーの適合の知らせまで、もう少しに迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日から初めての抗がん剤の投与が始まった。

 不安の中始まった抗がん剤による化学療法はその日から一週間続く。

 腕から入った抗がん剤に不安はあるものの副作用が出ているわけではない。それだけが救いだった。

 抗がん剤治療が始まった今日、妹がドナーの適合検査のために病院を訪れていた。妹は習い事があったためお見舞いにはこられなかったが、適合することをその日の夕方に訪れた両親と願うばかりだった。

 だが、抗がん剤の吐き気は思っているよりも早くに訪れた。投与二日目にして発熱と吐き気が私を襲う。

 初めて、熱と吐き気を同時に味わった私を見て、夕方に訪れに来た父は「何もできなくてごめんね」と私に謝った。

 そんなことはないよ「ありがとう」と口にするのが精いっぱいだった。

 強いはずの父の目が滲んでいるのが分かった。

 

 こんなに苦しい日が続くのが怖かった。明日も続くだろう吐き気と熱、それに伴う食欲不振。そして哀しそうに私を見ては慰めてくれる両親の言葉とその姿。早く元気になりたかった。元気になんてなれるのだろうか?その不安が私の心の中にへばりついて離れない。

 そんな心身共につらい日々が続くのだ。

 

 体調が戻ったのは一度抗がん剤が終了した次の日だった。父からノートパソコンと趣味だったカードを持ってきてもらい、久々に楽しんだ。抗がん剤の投与が終わったのでシャワーも浴びることができた。以前は好きではなかった入浴だが不自由になると、入れたほうがいいことを知る。

 夕方から夜まで父と、夜からは母と軽快に話すことができた。体調が悪いときはろくに話ができないので、こうして話せるだけでもストレス解消になる。そういう些細な至福を特に感じた。

 

 

 

 

 

 

しばらくの間、不定期更新になります。

 

とは言っても更新頻度を上げる方の不定期更新なので喜んでほしいです。

 

今あげられる分あげたりしてるので急に8月更新が止まったりしたら、それはストックがなくなったと思ってください

 

一応頑張って今書いてはいます。

 

拡散とかよくわかりませんがしてくれると嬉しいです。

 

見てくれる人が増えるとモチベーションが上がりますよね

 

8月分も今日あげます。

 

だから8月更新できなくても見限らないでくださいね