ガスマスクのブログ -3ページ目

ガスマスクのブログ

ブログの説明を入力します。

私の家は、いわば家庭内暴力一家だ。

父親、兄、私、そして軽くおかん。

全員が血の気が多い。


父、母ともにお家柄がそこそこよかったくせに、この二代目同士がくっついて
ちょっとだけお家柄がそこそこ悪くなった。

しかし、クラシックバレエや、バイオリンなど、無駄にインテリジェンスな習い事をさせられてたのは
そのそこそこいいお家柄の名残だろう。

父親は博識で知的で見た目は久米宏、身長も高く正直イケメンだった。
仕事は建設会社であったが、趣味はクラシック、ジャズ鑑賞、
若い時はジャズ喫茶でドラムを叩いてた事があったという、なんともシャレオツなおっさんだ。

母親は、今ではただのしょぼくれババアだが、昔は外人と付き合ってたほど
ブイブイ言わせてたらしく、議員さんの秘書や麻布のホテル(如何わしいところではない)で仕事をしていたらしい。

そんな二人がくっついて、私とクソ兄貴が生まれたわけなのだが
まーーどっちもクソである。
ただ誤解をしてほしくないのは、私はれっきとした社会人で正社員で、IT系技術職だ。

兄貴は40近くにもなって収入16万のアルバイトである。

そのクソ兄貴と一緒じゃないクソだという事だけは理解していただきたい。

だがこの一見、正社員の私だが、昔はそこそこキ○ガイな人間であった。
警察に捕まるというほどの馬鹿な犯罪歴は全く一度も犯したことが無く、(これ本当)
前回記したが、ただのびびりであったので、家の中に引きこもったり系であった。
ここでも誤解しないで欲しいのだが、ただの「ひきこもり」ではなく「ひきこもったり系」であるということだ。
私にはトモダチはそれなりに居たので、そこが救いであったのだ。

しかし、幼少期でうけたトラウマはなかなか消えてくれる事は無く、歪んだ思想に成長していったのは間違いが無かった。
そのトラウマ事件はそれはそれは沢山あり、今回その中の一部を抜粋してお話しするが
先も記したとおり、暴力が日常茶飯事の家庭であった。

母親と父親の夫婦喧嘩ではドレッシングのビンで母が頭を殴打される事もあれば、
キッチンにある茶箪笥がひっくり返りガラスが割れるなど、それはそれは毎回派手な喧嘩であった。

そんな家庭内での暴力を見て育ったのが私ら兄妹だった。

兄貴もすぐカッとなって暴力をふるい、私もカッとなって暴力をふるい、
正直ただのカス家族であった。
けれども兄貴も別にヤンキーとかではなく、むしろアキバ系オタであった。
ただし親が何かと警察に呼ばれる原因はコイツだけである。

しかし、類は友を呼ぶという言葉は本当に素晴らしい言葉で、
私が付き合う男は約4割、暴力彼氏だった。

私は中学生の時に一年半登校拒否を続け、卒業式はたった一人で校長室でやったというにわかに信じがたい過去がある。
その登校拒否を続けてる間、私は家で何をやっていたかと言うと、同人誌まがいの漫画をかきつつ
マリリンマンソン、ピチカート5、bjork、ガービッジ、ヴィジュアル系、ハイスタ、KOXBOX、など、
アムロちゃんや、ミスチルなど聞いて喜んでいる同級生とはかなり温度差のある音楽を聞いていた。

しかしそれしか助けがなかったのである。
ただの根暗であった。

そんなもんなので、精神はどんどん悪化。
そんな時、今思い出してみたのだが、なぜ知り合ったのか全く思い出せなかったけれど
17歳の時、7歳年上のKに出会った。

そいつは見た目ただのバックパッカー、タイ大好き、ほんとぼろぼろ、職も安定しないカスだった。
しかし17歳のこの、精神が安定していない少女からしてみれば、彼は「かっこいい」のなにものでもなかった。
彼と私は音楽と言うツールでみるみるうちに惹きつけられ、付き合う事となった。

最初の一年はまぁまぁ普通の付き合いであったが、私の家庭の問題もかさなり
Kとの関係も悪化していった。私の猜疑心で彼は激怒、暴力、私が自傷、それを止めるためにまた暴力、
また自傷、暴力、あげくその時、私が通っていた病院でもらった薬を大量摂取、三日目に目が覚める。

こんな感じのループ。

こんなこともあった

原宿で、Kと歩いていてKがふと目の前にいたかわいい女の子を一瞬チラリとみた。
その際、私が猛烈にキレた。
すると、最初は彼は口だけだったのが、拳骨で顔を殴るようになり
あげく、道端で覆いかぶさって殴ってきたのであった。

もう一回言う、原宿のど真ん中。明治通りと表参道の交差点でだ。

歩いてる人たちは輪を作るように人だかりが出来、警察、救急車が呼ばれた。

この話、うそだと思うだろうが、残念ながら本当であるw
正直この話は本当に恥ずかしい思い出のひとつであり、あまり話したくなかったのだが
これを読んでくださってる方にだけのサプライズ。受け止めてやってください。

とまぁ、今では病院なんか意味ないと19歳の時に気づいたので行かなくなって薬なども飲んではいないが、
薬漬け、暴力漬け、なんとも困った人生だった。


まぁ、言葉は相手を武器にさせてしまう事もあるので、自分にも問題あると飲み込むしかないように思う。
殴るのはよくない。しかし自分にも原因はあった。
そして暴力をふるってやめないようであるならば、別れる、もしくはDV相談所に連絡をしましょう。



まだまだK意外にもDV彼氏がいましたが今日はここまで。