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ガスマスクのブログ

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私は今の会社で働くまでに水商売でちょこちょこお金を稼いでいたことがある。

しかも、キャバクラとホストクラブどっちとも働いていた。

キャバクラはキャストとして。ホストクラブはweb、印刷物の担当で正社員として働いていた。

なのでトータルで三年は歌舞伎町で過ごしていただろう。


これを読んで心当たりがある人もいらっしゃるかもしれない。


私は水商売デビューがかなり遅く、19歳の頃4日で飛んだボッタクリバーを除けば24歳デビューであった。
それまでは、ライブハウスで働いていたり、某有名雑貨屋で働いていたり、webのお勉強の為、IT会社でアルバイトをしていたりした。

その当時、のどから手が出るほど金に飢えていて、働かざるを得なかった為仕方なしに働こうと思ったのであった。

しかし歌舞伎町という街は本当に臭い。
臭いし、人間の目がびっくりするほど死んでいた。

髪の毛をM字バングにして盛ってるホスト、アゲ盛りにしてるキャバ嬢、
目がくらむほどの人間の数、無意味のように輝き続ける店の看板。
歩けば声をかけてくるスカウトマン、キャッチ。
でも24歳の私にしてみたら、最初は気分が相当悪かったものの、2ヶ月もすれば慣れてきて
逆にそんな歌舞伎町が心地よかった。
私はカスしかいないと馬鹿にしていた歌舞伎町が楽しくなってきていた。


町を歩けば顔見知りのホストがいて、電話をすれば今は無き、コマ劇場付近のマックかロッテまで来てくれてしばらくダベる。
そんな生活を楽しんでいた。

キャバクラでは色んな人間が本当にいるんだなと痛感した。
そもそも、19歳のボッタクリの時も大概おかしい客は居たけれど
4日しか居なかったのでそこまで苦痛ではなかった。

私が働いてたキャバクラは今でも残っている。
しっぽりとしたお店でショーをやってる数少ないキャバクラだった。

年もわりと上のお姉さん達が多く、私はとても働きやすかった。

まだあるお店なので詳しい事は書かないが、恥ずかしい話だが
ここで働いていなかったら、社会人としての形成は未だに無かったかもしれない・・・。

少なからず、人への気配り、人の顔色の変化に気をつけることが多くなったと思える。

それまで私は何を考えていたのか
キレやすいモンスターペアレントのような人間で
人を馬鹿にして、自分は頭がいいと勘違いしていて、そのくせタチが悪いのが
ちょっとだけ無駄に知識を溜め込んでいたので相手が何も言えなくなる状況を作り出す事が出来るという最もメンドクサイ位置の人間だった。
文句を言われたら文句を言い返す。それも何百倍で。がモットーだった。

本当に丸くなったと思う。


ただ、ごめんなさいといいたいのが、私はキャバクラで働いてる事が勉強になるなと思ってるわけではない。
ただ、あそこまで人に自分の本性を見せないで働いているあの女の子たちに尊敬しているだけなのである。

私は先も記したとおりキレやすい人間だった為、店長と口論してクビになっていた。
しかし、学校をまともに出ていなかった私にとって、あの空間は人間らしい人間に近づく為のいいツールであった。そしてお姉さん達の話は意味が無くともとても楽しかった。
お姉さん達にかわいがれてるのも、格差社会の業界なのに
タメ語で痛烈にツッコミを入れても怒られることもなく、むしろ笑ってくれてたのは自分の人徳だとまた勘違いをするのだった。

しかし本当に働いて良かったとは思っている。
ああ、嫌いな上司とかにはこうやってスルーすればいいのか などという事も学べた。
世の中の男の人ってこうやってお金と時間を使っているのかとも学べた。
ただ、私みたいな人間はかなりしんどくなる仕事であった。。
トモダチなどに頼まれない限りはもうしないだろう。。


とにもかくにも、ホストクラブもそうだがホストクラブの男の子達も大変だなぁとつくずく思う。

実際、ホストクラブのお客さんが、ノイローゼになりお店のビルから自殺をはかった、なんていう話も
人づてで聞いた事もある。
中にはそんな事どうでも良いほどの、ノーテンキ絶好調なお調子者もいるのだろうが。

ただあれは若いときだけの金稼ぎツールとしてはいいけど
年をとったら年をとった分の職を得ていったほうがいいね。そのキャバクラで働いてた事は
決して無駄ではないし、今後につながると思うんです、ってことを言いたかった。


まだまだ他にも話があるけど今日はここまで。