名古屋決戦と六本木ヒルズ | 坂の上も雲

名古屋決戦と六本木ヒルズ

僕はここ3ヶ月ほどのどこか屈折した感情を9月に入って
はじまった阪神の快進撃によって何とか支えようとしていた。


しかし、9月15日からの名古屋決戦、
阪神が川上、山本昌にぎたんぎたんにやられ
僕の折れた心は奈落のそこに突き落とされていた。


よりによって9月15日。
今日という日に勘弁してくれよ。

3年前、阪神の18年ぶりの優勝を甲子園で迎えたその日。
2年前、GEIL2004を終え、本音を出し切ったその日。

大学に入ってからこのかた、この日に僕はいい思い出しかなかった。
むしろ、人生史上ベストテンに入るような日ばかりだった。

しかし、今年は。。。


ただでさえ下向きだった僕の心はもうぎたぎただった。


心の支えだった友人の事実上の死。
テストに立ち向かえない弱い自分。
国一に落ちキャリアを真剣に見据えようとしない自分。
成果を挙げること自体にモチベーションを失いつつあった自分、
多様性を見据えようとしていなかったこれまでへの反省。
次々と降りかかる災難。(落雷、携帯紛失・・・)
ぷらぷらするなよという友人の声。


さまざまな要素が僕を苦しめようとしていた。
いや、むしろ要素が僕を苦しめていたというより
自分で自分を苦しめる要素探しに追われていた。



でも、9月17日僕は復活した。

世の中や目の前の現実に対して
下を向いたままどこか逃げようとしていた僕はこの日
再び前を向くことが出来るようになった。



安藤の気合の入った投球?
いや、そうではない。
GEILが僕を救った。

GEILという自分がかつて創り上げた作品が
自分とは違う意志を持つようになっていた。
むしろ、自分に何か訴えかけるような生き物になっていた。



「大学生は何も出来ない。地位もない
名誉もない。お金もなければスキルもない。
ただあるのはハートと時間。考えてから動こうなんてだめ。
ひたすら動き回れ。」



二年下の世代の委員長の言葉に僕は背中を押されたような感じがした。

六本木ヒルズ40階というただでさえ下を見つめたくなるような場所にもかかわらず
僕は上を向こう、前を向こう。そう思えるようになっていた。


別に過去の自分に自信を感じたとかではない。
GEIL2006は同じGEILであってもGEIL2004ではないから。
むしろ、現在の自分を肯定することが出来るようになった。
いや、これからの自分を。


そうだ、動き回るんだよ。止まっている場合ではないんだよ。
君は大学4年生になってどこか守りに入ってないか?
大学生の中では上かもしれないけど社会の中で見れば
まだまだ若いんだよ。

自分で自分にそう問いかけることが出来た。




そう思ったとたん、心に余裕が生まれた。
ここ3ヶ月ついぞ考えることが出来なかった
「他人のこと」を考える気になった。


僕は電話を取り出し、参加者の友人に電話をかけた。
GEILを終えた後輩にメールを書いた。
Phand.の組織について真剣に考え始めた。



自分の現在の状態と未来の可能性を肯定したとたん心の余裕が出来た。
そうすると満たされた心からあふれ出した何かを他人に対して還元できるようになった。



自分を愛するって言うのはこういうことなのかもしれない。

現在の状態を素直に受け入れてあげること。
でも、足りないところは改善できる。
やりたいことはやりたいと思い努力し続ければできるようになる。
そう思えるようになること。
そう思えるようになるとより他人も愛せるようになる。
手段ではなく根源的にね。



そう気づいたんだよ。9月17日に。
すると阪神も勝ち始めたんだ。
今日で3ゲーム差。
僕は阪神の奇跡を信じている。
この数日の戦いを見ていて自信がある。
少なくとも一度はゲーム差なしになると。

でも、自分の奇跡はもう確信している。
自分の奇跡への自信はすでに確信に変わったのだ。