入学(2003年3月)
大学に入った。
ただ、東大に入りたい、東京に行って面白い人に会いたい。
その一心だけだった。
そして、どうせ勉強するなら日本最高学府の文系最高峰を目指したかった。
二年生の途中までは「東大何するものぞ」という感覚があった。
灘に落ちたことへの僻みと言い訳からきた感覚だった。
まわりが「そうあるはずだ」だと思ういわゆる「普通のエリート」
にはなりたくなかったのだ。
また、一度「エリート」コースから外れたのだからそのレールに普通に乗ってる人と
同じ道を歩みたくなかった。
模試の志望校ランにも第一志望は某大学経済学部。
そして、申し訳なさげに第三志望に東大文一。
それが僕のゆがんだ欲求だった。
しかし、だんだんと自分にうそをつくわけには行かなくなった。
父が倒れた。
いつ死んでももおかしくないという状況。
そんな中、彼の期待を裏切りたくなかった。
自分が果たせなかった「東大・国立・公務員・国家のため」
そういった彼の思いを自然と僕は継承していった。
最終的に意思のブースターとなったのは
漠然と公務員になりたいという考えはあったが、それ以上に
「面白い人に会える」
その担任の言葉。
「絶対東大に入る」
父との末期の約束。
「父を取り囲む人々の期待」
おしゃべりな父の自慢の息子を演じること。
この三つが正直つまらない入試勉強
における僕の支えであり、すべてだった。
思えば、「三国志」や「坂之上の雲」など歴史小説を読む中で醸成され
文化祭・体育祭のころから実感を伴ってもち始めた欲求があったのだ。
「よきリーダーに出会いたい」
そして
「よきリーダーを支えたい」
そして
「世の中を変えたい・社会のためになることがしたい」
大学に入るにあたってこの三つを軸に生活を送ろうと考えていた。
そこをゴールにそれに役に立つようなオプションを探し始めた。
後から考えるとこれは単なる自分への刷り込みであった。
根本的な欲求には違いなかったのだが、いかんせん将来像をきめるための仮説に過ぎなかったのだろう。
ただ、これだけはっきりとした(ある意味特殊な)軸をもったことによって
「大学生活は好きなことをやればいい」
「勉強とスポーツ」
「三年生になれば公務員の試験勉強」
こういった既成概念にとらわれることなく
大学生活の活動を選択する判断基準が漠然と形成されていたことは間違いない。