12月2日、東北大学工学部青葉山キャンパスに於いて『1611年慶長地震津波400周年シンポジュウム』が行われました。
コーディネーター:今村文彦(東北大学防災科学研究拠点副代表,災害制御研究センター)
講演は錚々たるメンバー。
1)羽鳥徳太郎(元東京大学地震研究所):1611年慶長三陸津波の規模
2)首藤伸夫(東北大学名誉教授):宮古周辺での慶長津波、及び被害と復興
3)都司嘉宣(東京大学地震研究所):地震および津波発生の課題点について
4)蝦名裕一(東北大学東北アジア研究センター):1611年慶長奥州地震・津波を読みなおす
5)菅原大助,今井健太郎(東北大学災害制御研究センター):慶長地震津波の数値解析
こんな方々が二時間かけて慶長津波を語るなんて二度とないでしょう。そんな機会に何と私は遅刻してしまった。一生の不覚。羽鳥先生の講演と首藤の講演の半分を聞き逃した。私にとっては一番聞きたかった所だ。アホとしかいいようがない。
都司先生はかなりキャラが濃い事でも有名なよう。宮古市や山田町の慶長津波の規模を説明。そして慶長津波ではドンという音の記録があり、これは正断層型のアウターライズ地震の特徴だとして、慶長津波では地震が午前、昼、午後の三回記録されている事から、最初の地震と同じ日の午後にアウターライズ地震による津波が起こったという大胆な説を述べた。
しかも津波は三陸沖海溝寄りと宮城県冲の震源をもつ二つの津波だったという仮説である。
音と正断層型地震を結びつけるのは初めて聞いた。確かに正断層型の昭和8年の津波ではドンという音があったが、逆断層型の明治の津波では音の記録はない。なるほど。でも昭和8年の津波では音は地震の結構あとに聞こえた。理屈はどうなるんだろう。
でも今回の津波のあとに、短期間のうちに起きるアウターライズ地震に警戒が必要と言っていたのはこういう考え方の下地もあっての事からなのかなどとも考えたりした。
確かにアウターライズ地震は数ヶ月で起こる事もある。しかし私はその場合規模は最初の地震ほどではないと考えていたがどうなんだろう。いずれにしても大胆な意見だと思う。
次の蛯名先生は当時の河の地形が現在と違っていたという事から『千貫松』の伝説は事実の可能性があると述べた。また、慶長津波は宮城県や福島県までも達していた事から名称を『慶長三陸津波』から『慶長奥州津波』に変更を提案した。
次が面白い。今井先生は、都司先生のふたつの津波があったという説と、蛯名先生の地形の違いにという条件の基にから『千貫松』の伝説が再現できるか津波のシミュレーションを行った。結果は上手くいかなかったが非常に面白い試み。
私は素人、津波のシンポジウムなんて初めて見たが、こんな事までやる津波のシンポジウムなんてもう絶対ないだろうなと思った。
ところで、シミュレーションの最後、時間がなく詳細を省略した中で、今村先生が小谷鳥のところをやってくれと言って、山田町の船越半島にある小谷鳥の峠を慶長津波が越えるかどうかを再現した。
結果はこれも上手くいかなかったが、私の中では慶長津波が小谷鳥の峠を越えたという言い伝えが専門家の中でどのように認識、評価されているかという事が非常に気になっていたので、慶長津波のシミュレーションでも最も大きなポイントになっているのが分かってとても安心した。
それにしても最初のほうを聞き逃したのは本当に悔しい。小谷鳥のシミュレーションの際、ほとんど説明なしで進めていたところを見ると、小谷鳥や山田町の事については結構詳しい話しがあったはず。バカ…。
このシンポジウムの動画がフルでYouTubeに載る事を心から祈る。
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