宗教学者・島田裕巳とは一体何者なのか?

島田は、オウム真理教とどう向き合ったのか。

江川紹子が(島田の)自宅を訪ねてインタビューしたところ、
第一声は「オウムに興味ないもん」であった、という。

「興味ないもん」宗教学者・島田裕巳。

お前にとって、宗教学とは何なのか?

麻原彰晃と共鳴してしまったお前は、
なぜそうなってしまったかを理解できないと、
お前自身が白状している。

自分自身を理解できない人間、
自分自身を疑うことの出来ない人間に、
人間を、まして宗教を理解することは永遠に出来ないだろう。

思想・哲学の結晶は信念だ。
信念の極致は信仰だ。
信仰の極致は殉教だ。

信じるということは、殉じることと一体不二なのだ。

だから、それと同じだけ疑う力を必要とするのだ。

自分自身を徹底的に疑うことの出来ない人間は、
信じる、殉じるという場所には絶対に到達できない。

『畜生の心は弱きをおどし強きをおそる当世の学者等は畜生の如し
智者の弱きをあなづり王法の邪をおそる諛臣と申すは是なり
強敵を伏して始て力士をしる、
悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は
師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし例せば日蓮が如し、
これおごれるにはあらず正法を惜む心の強盛なるべし
傲れる者は必ず強敵に値ておそるる心出来するなり
例せば修羅のおごり帝釈に責められて
無熱池の蓮の中に小身と成て隠れしが如し』
(佐渡御書)

『日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、
又道理証文よりも現証にはすぎず』
(三三蔵祈雨事)

 

俺とお前で、現証の上で決着をつけてやろう!

畜生にも劣るお前に、
俺が仏教の生死観を教授してやる!

 

 

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生あるものは、必ず死ぬという生死、死の問題こそ、
古来、あらゆる宗教や哲学が生まれる因となってきました。 

釈尊の出家の動機となったとされる"四門出遊"のエピソードや、 
哲学を 「死の学習」としたプラトンの言葉は、あまりにも有名でありますし、
日蓮大聖人も、「先臨終の事を習うて後に他事を習うべし」と言われております。 

私も、20年前、このテーマを中心に、不世出の歴史家トインビー博士と、
何日にもわたり幅広く論じ合いました。
 
なぜ、人間にとって死がかくも重い意味をもつかといえば、
何よりも死によって、人間は己が有限性に気づかされるからであります。
どんなに無限の「富」や「権力」を手にした人間であっても、
いつかは死ぬという定めからは、絶対に逃れることはできません。
この有限性を自覚し、死の恐怖や不安を克服するために、
人間は何らかの永遠性に参画し、動物的本能の生き方を超えて、
一個の人格となることができました。
 
宗教が人類史とともに古いゆえんであります。

ところが「死を忘れた文明」といわれる近代は、
この生死という根本課題から目をそらし、
死をもっぱら忌むべきものとして、

日陰者の位置に追い込んでしまったのであります。
近代人にとって死とは、単なる生の欠如・ 空白状態にすぎず、
生が善であるなら死は悪、生が有で死が無、生が条理で死が不条理、
生が明で死が暗、等々と、

ことごとに死はマイナス・ イメージを割り振られてきました。
 
その結果、 現代人は死の側から手痛いしっぺ返しを受けているようであります。
今世紀が、 ブレジンスキー博士の言う 「メガ・デス(大量死)の世紀」 

となったことは、
皮肉にも「死を忘れた文明」の帰結であったとはいえないでしょうか。

近年、脳死や尊厳死、ホスピス、葬儀の在り方、

また、キューブラー・ ロス女史による
「臨死医学」の研究などの関心の高まりは、等しく死の意味の、
のっぴきならない問い直しを迫っているように思えてなりません。

やっと現代文明は、大きな思い違いに気づこうとしているようです。 
死は単なる生の欠如ではなく、生と並んで、
一つの全体を構成する不可欠の要素なのであります。

その全体とは「生命」であり、生き方としての「文化」であります。
ゆえに、死を排除するのではなく、死を凝視し、正しく位置づけていく生命観、

生死観、文化観の確立こそ、21世紀の最大の課題となってくると私は思います。
 
仏教では「法性の起滅」を説きます。 
法性とは、現象の奥にある生命のありのままの姿をいいます。
生死など一切の事象は、その法性が縁に触れて「起」すなわち出現し、
「滅」すなわち消滅しながら、流転を繰り返していくと説くのであります。 

従って死とは、人間が睡眠によって明日への活力を蓄えるように、
次なる生への充電期間のようなものであって、 
決して忌むべきではなく、生と同じく恵みであり、

嘉せらるべきことと説くのであります。

ゆえに、大乗仏典の精髄である法華経では、生死の流転しゆく人生の目的を
「衆生所遊楽」とし、信仰の透徹したところ、生も喜びであり、死も喜び、
生も遊楽であり、死も遊楽であると説き明かしております。

日蓮大聖人も「歓喜の中の大歓喜」と断言しておられる。
 
「戦争と革命の世紀」 の悲劇は、
人間の幸・不幸の決定的要因が外形のみの変革にはない

という教訓を明確に残しました。
次なる世紀にあっては、従ってこうした生死観、
生命観の内なる変革こそ第一義となってくるであろうと私は確信しております。

ハーバード大学講演 『21世紀文明と大乗仏教』池田大作 (1993年9月)から
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@  ″自分は勝った″と誇れる人生

(遠藤)

そう言えば、白血病で亡くなった九歳の少年の、こんな話があります。
末期患者のカウンセリングや、
臨死体験の研究で有名なキュープラー・ロス女史が紹介している話です
(以下、『「死ぬ瞬間」と臨死体験』鈴木晶訳、読売新聞社、引用・参照)

彼──ジェフィは三歳のときから入退院を繰り返し、体は弱りきっていました。

あと二、三週間の命であることが、ロス女史にはわかりました。
ある日、「ぜったいに今日、家に帰りたい」と、ジェフィが言い出します。

これは事態が非常に差し迫っているというメッセージでした。
ロス女史は、心配する両親を説得し、車で帰宅させることにしました。

ガレージに入り、車から降りると、ジェフィは父親に頼みました。
「ぽくの自転車を壁からおろして」。
それは三年前に父が買ってくれた、新品の自転車でした。
「一生に一度でいいから自転車で近所を回りたい」

──それがジェフィの夢だったのです。

フラフラして、立っているのがやっとのジェフィでした。
自転車に補助輪をつけてもらうと、ロス女史に言いました。
「ここにきて、ママを押さえていて」。お母さんが止めに入らないためです。

言われた通り、ロス女史が母親を押さえ、父親がロス女史を押さえました。
そしてジェフィは、近所へ自転車の旅に出発します。

「おとな三人は、たがいの体を押さえ合いながら、感じていました。
──死が間近に迫った弱々しい子どもが、
転んでけがをして血を流す危険をおかしてまでも
勝利を味わおうとするのを黙って見守ることが、いかにむずかしいかを。

ジェフィを待つている時間は、永遠のように感じられました」

(須田)

無事に戻って来られたのですか?

(遠藤)

はい。こう書かれています。
「彼は満面に誇りをたたえて帰ってきました。顔じゅうが輝いていて、

まるでオリンピックで金メダルをとった選手みたいでした」。

一週間後、ジェフィは亡くなります。
さらにその一週間後、誕生日を迎えた弟が教えてくれました。

じつはあの後、ジェフィは両親に内緒で、弟にプレゼントを渡していたのです。
「いちばん大事な自転車を直接プレゼントしたい。誕生日まで待つことはできない。
そのときには自分はもう生きていないだろう」から、と。

彼は自分のやり残した仕事をやり遂げたのです。
「両親はもちろん嘆き悲しみました。

でもそれは重荷としての悲嘆ではありませんでした」
「彼らの胸には、ジェフィが自転車で近所を回り、
人生最大の勝利に顔を輝かせて帰ってきたという思い出が残りました」

ロス女史は言います。
「すべての人には目的がある」。
それを「患者たちとの触れ合いのなかで学んだ」と。
彼らは、ただ″助けられる″だけの存在ではない。
生命についての大切な何かを″教えてくれる″先生にもなるのだ、と。

(池田)

いい話だね。少年は勝って死んだのだね。


吉田松陰だったと思うが、
″十歳で死ぬ人にも、十歳の中に春夏秋冬の四季がある。
二十歳で死ぬ人にも二十歳の四季がある。
三十歳、五十歳、百歳で死ぬ人にも、それぞれの四季がある″と言っている。
(吉田松陰『留魂録』古川薫訳、徳間書店、参照)

彼は信念を貫いて満二十九歳で処刑されたが、
こういう生死観に立って、いささかも動じなかったという。

要は、なすべきことをなして死ねるかどうか──。
「自分は勝った」と誇りをもって死ねるかどうか。

「死」を学ぶことは、「人生をどう生きるか」を学ぶことなのです。
フランスの哲学者アランは、哲学の宿題に、こんな問題を出した。

″今にも欄干を乗り越えて、飛び込み自殺をしようとしている若い女性がいる。
彼女を引き戻して、どんな対話をするか?″
(アンドレ・モーロワ『わたしの人生行路──青年篇』谷長茂訳、
河森好蔵監修『アンドレ・モーロワ人生論集』1,二見書房、参照)

生きるか死ぬかという瀬戸際に、人間として何を語れるのか。
そこに真の「哲学」がある。
これは特殊な極限状態の問いのようだが、じつはそうではない。

「人はなんのために生きるのか」という問いは、
いつでも、どこでも、だれにでも問われている根本問題なのです。

『法華経の智慧』池田大作 から
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(森中)

釈尊の仏法の究極は法華経の如来寿量品第十六、なかでも自我偈ですが、
その結語(出離生死)は「永遠の仏」の「永遠の一念」を明かしています。
それも永遠に民衆を救う大願の一念です。

(池田)

大聖人は「不老は釈尊不死は地涌の類たり」と仰せです。
法華経薬王品「病即消滅不老不死」の経文についての「御義口伝」です。
地涌の菩薩を「不死」に配されていることが重要です。

地涌の菩薩は、永遠の妙法を生命に所持、
それを弘めていくために戦う無数の菩薩です。
その地涌の菩薩こそ「不死」であるというのです。

地涌の使命に生きぬいてこそ、生老病死の生命に常楽我浄が香ることになる。
苦悩の生死の連鎖を断ち切ることができます。
妙法に生き、妙法に死すことが「本有の生死」です。

大聖人は、「妙は死法は生」と仰せです。
また、「此の法華経は生死生死と転りたり」、
また「自身法性の大地を生死生死と転ぐり行くなり」とも仰せです。

「永遠の妙法」そのものに「生死」は含まれているのです。
あらゆる生命の生死、あらゆる現象の起滅は妙法の生であり、妙法の死である。

生命は究極するところ永遠であるが、

生死の繰り返しは誰人も避けることはできない。
その生死を六道輪廻の苦悩の繰り返しとするのか、
常楽我浄の四徳香る「妙法の生死」「本有の生死」にするのか。
万人の生老病死の苦しみを、
常楽我浄の大安楽に転ずる道を開いてくださったのが、日蓮大聖人です。

『御書の世界』池田大作 から
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仏法では、
全宇宙を「一つの巨大な生命」と見る。
個々の生命は、
大海の波のようなものです。
波が盛り上がれば「生」。
波が宇宙に溶け込めば「死」。
生も死も、宇宙と一体です。
一つの生命が生まれてくるには、
全宇宙が協力している。
 
 戸田先生は
「池に、インクをたらすと、溶けて見えなくなる。これが死だ。
その後で、スポイトか何かで、インクの成分だけを集めたとする。これが生だ」
と言われたことがある。

「無」ではない。
いつか縁に触れて、
また「生」の状態になるのだから。
それでは「有」かと言うと、
まったくどこにも存在しない。

宇宙の〝ここ〟にあるとか、
〝あそこ〟にあるとかは言えない。
宇宙の全体と一体となってしまっている。
「無」でも「有」でもない。
これを「空」と言う。

生命は宇宙に溶け込んで、
たがいにぶつかりもしなければ、
おぶさったり、
手をつないだりもしていない。
それぞれが宇宙と一体になりながら、
しかも個性が連続しているのです。

「霊魂のようなものはない」と説くのが仏教です。

「生命」は「色心不二」と言って、
生きている時も死後も、
「肉体的エネルギー」と「精神的エネルギー」は
分けることはできない。
一体不二です。

「魂」だけが、フワフワと体から抜け出し、
そこらを飛び回るというのは迷信です。
あくまで「心身一体」である「生命」が
宇宙の大生命に溶け込みながら連続していくのです。

「脳」が死ねば、
精神的エネルギー」は顕現する〝場〟を失うが、
そのエネルギーそのものが消えたわけではないのです。

同じく「肉体」の死によっても、
身体的なエネルギーは消滅しない。

活動の場を失い、潜在化するだけです。

次の生のときに顕在化し、活性化する。

しかし「生まれ変わる」のではありません。
生まれ変わらないで、
ずっと連続している。
別の生命に変わるのではない。

題目の音声は、
死後の生命にも厳然と届いていく。
もちろん生きている人の生命にも届いていく。

大宇宙のどこであれ、
地獄の果てまでも、
温かい希望と安らぎの光で照らしていくのが
南無妙法蓮華経の力です。

生も死も「生命」の変化の姿です。
生と死は「二つ」のようであって、
その奥底にある、一つの生命は不変であり、
生と死を貫いて、
永遠に続いている。

その「永遠なる生命」の根源のリズムが
南無妙法蓮華経です。

だから題目は、
死後の生命をも救っていけるのです。

『青春対話 21世紀の主役に語る  池田大作』から
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

 

 

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
最近、「死の淵から蘇った体験(臨死体験)」
が科学的に研究されるようになってきた。

その結果、こういうことが実際起こるようだと、
だんだん証明されてきています。

多くの証言を総合すると、
自分がしたすべてを思い出すと同時に、
それが人にどんな影響を与えたかまで感じるのだという。

つまり、人をいじめたことを思い出すと、
相手の苦しみや悲しみまで、じかに感じられて、
「ああ、なんてことをしてしまったのか」と思う。

反対に、人に親切にし、優しくしたことを思い出すと、
相手の喜びが伝わってきて、
「よかったなあ!」と幸せな気持ちになる。

そういうことが、あっという短い時間に体験されるというのです。
そして「死」から奇跡的に回復した人は、
「人生でいちばん大事なことは、地位じゃない。
名誉じゃない。財産じゃない。人に認められることでもない。
大事なのは、人間と人間の愛情だ!人に優しくすることだ!
思いやりをもって、尽くしていくことなんだ!」
と実感するそうです。

自分自身が「どんな人間だったのか」
「どんな生命だったのか」、それしか残らない。
生きているときは、ある程度、隠されていた、
そういう根本の部分が、
がーっと表に出てくるのが「死」です。

そして、その「裸の自分自身」が、
死後も宇宙に溶け込んだまま、ずーっと続いていくのです。
「死」のときには、だれも助けてくれない。
お父さんも、お母さんも、親友も、だれも手助けできない。
たった一人で、立ち向かうしかない。しかも、お金も知識も役に立たない。
むしろ、ふだん、いばっていたり、人に命令したり、
たくさんのモノで自分を飾っている人ほど、
「どうして、こんなに偉い自分が死なないといけないのか」
とか思って、苦しむと言われている。
そういう研究があります。

人生の最期に頼りになるのは、
ただひとつ、
生きている間に「鍛えぬいた生命」だけです。

だから、いちばん大事なのは、 
「いい人間」になることです。 
「強い生命」になることです。 
「慈愛にあふれた自分自身」になることです。 

つまり「人間革命」することです。  
人間革命することが、
人生でいちばん大事なことなのです。

そして、
それがそのまま「死の準備」になっているのです。

・・・

一般的にも言われていることだが、
たくさんの人の死を看取ってきた、
ある女性がこう言っていた。

「人生の最期に、
パーッと、パノラマのように
自分の人生が思い出されるようです。

その中身は、
自分が社長になったとか、
商売がうまくいったとかではなく、

自分がどんなふうに生きてきたか、
だれをどんなふうに愛したか、
優しくしたか、
どんなふうに冷たくしたか。

自分の信念を貫いた満足感とか、
裏切った傷とか、
そういう『人間として』の部分が、
ぐわあーっと迫ってくる。
それが『死』です」と。

その瞬間には
「有名」も役に立たない。
「お金」も役に立たない。
「知識」も役に立たない。
「地位」も役に立たない。

友人も家族も助けることはできない。
自分自身の「真実」に一人向き合うことになる。
厳粛です。

しかも、
その死の瞬間の自分自身が、その後も、ずっと続くのです。

だから、
生きている間に、
生命を「仏界」へと引き上げておきなさいと仏教は説く。

「人間として」最高に豊かな自分をつくるのです。
そのために信心があるのです。

「人間革命」することが一生で最重要なことなのです。

・・・

(死後の生命状態はどうやって決まるのでしょうか)

大事なのは

「一個の人間にも十界がある」ように
「大宇宙にも十界がある」ということです。

そして生命の基本が「地獄界」になった人は、
死後、宇宙の「地獄界」に溶け込むのです。

自分の生命に「地獄界」はあるが、
どこにあるかといっても、
特定の場所にあるわけではない。

歯が痛くて苦しんでいるから、
歯に地獄界があるとは言えない。

その時は、
生命全体が苦しみ、
全体が地獄界になっている。

それに似て、
生命の基底が「地獄界」で死んだ場合、
その人にとって、
宇宙全体が地獄界になるのです。

(生命の基底というのは)自分がいつもそこに帰っていく
「基地」のようなものです。

だれでも、生きていると、毎日、いろいろな「縁」があるから、
そのつど怒ったり、笑ったり、考え込んだり、
生命は変化、変化している。

それでも、
「すぐに怒る」怒りっぽい人とか、
「すぐ落ち込む」生命力が弱い人とか、
「真っ先に人のことを考える」菩薩界の人とか、
その人の生命の基本、基地というものがある。

この「生命の基底部」が、
そのまま死後の行き先を決めるのです。

しかも、死後は外界の縁が生前のようにはないから、
その「基底部」が自分のすべてになってしまう。

基底部が地獄界の人・・・
何をしても苦しい、
生きるのが苦しいという人も、
生きていれば楽しい瞬間もあるでしょう。

しかし死んだら、
もう地獄界という基底部だけを味わっていくしかなくなるのです。

それが端的に表れるのが「死」の瞬間です。


『青春対話 21世紀の主役に語る  池田大作』から
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・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
「方便現涅槃」という法華経の死生観

(青山)

創価学会は朝夕の勤行で法華経の方便品と如来寿量品を読誦しています。
如来寿量品の重要なテーマは、「生と死」をどう捉えるかということです。
生命は永遠であるということを説く一方で、
ではなぜ師である釈尊が入滅するのか。
このことを説いているのが如来寿量品です。

――如来寿量品の自我偈には
「衆生を度せんが為めの故に 方便もて涅槃を現ず
而も実には滅度せず 常に此に住して法を説く」
「衆は我が滅度を見て 広く舎利を供養し
咸皆く恋慕を懐いて 渇仰の心を生ず」
とあります。

(青山)
 
衆生に求道心を起こさせるため、
方便として涅槃(入滅)の姿を現すのだということですよね。
仮に師匠が永遠に生き続けていれば、弟子の側は依存するだけになるし、
緊張感もなくなってしまうでしょう。
生身 の人間としての師匠の寿命が有限だからこそ、
弟子は後継の自覚に立ち上がる。
入滅した師匠への〝恋慕〟〝渇仰〟を懐いて、
師匠の心とは何だったのかと真剣に求道するようになる。
自我偈に綴られているのは、そういうことです。
学会員は、この自我偈を朝夕の勤行で読んでいるんですよ。
 
今回、創価学会葬の中継会場でも、
また12月度の各地の座談会など創価学会の現場の第一線でも、
老若男女を問わず学会員の皆さんの燃え上がるような決意や求道心に触れて、
私自身が驚きましたし感動しました。
 
池田先生は、70歳を迎えた1998年1月に執筆した「随筆 新・人間革命」

の第1回で、80歳までに「世界広布の基盤完成」と自身の人生を展望し、
「このあとは、妙法に説く不老不死のままに、

永遠に広宣流布の指揮をとることを決意する」と記しています。
つまりこの25年間、やがて到来する自身の逝去を見越して、
「永遠に広宣流布の指揮をとる」ための布石を着実に整えてこられた。

 
具体的には、全12巻の『人間革命』に続く全30巻の『新・人間革命』

の完結であり、先生の監修による『新版日蓮大聖人御書全集』の刊行、
また上中下3巻の『指導選集』の発刊。
さらに、全世界の学会員が師匠と同じ心で広宣流布を誓願する
根本道場としての広宣流布大誓堂の完成であり、
会憲や社会憲章の制定、教義条項の改正、
世界宗教化の時代を見据えた『創価学会教学要綱』の刊行だと思います。
 
そしてなにより、
会長就任50周年の節目となった2010年5月の本部幹部会

(清華大学からの名誉教授称号授与式)をもって公の場に出ることを控え、

以後はメッセージなどでの激励に徹してきました。

全世界の学会員は、この12年半のあいだ、
文字を通して池田先生に触れるという訓練を続けてきたのではないでしょうか。
その間に自ら入会したり、
あるいは自分の決意で創価学会の信仰を継承したりした人たちも

相当数に達しているはずです。

――海外のメンバーだけでも2013年に約175万人だったのが、
この10年間で約300万人に増えています。
誰もが、もはや池田先生に直接会っていない人たちです。

(青山)
 
池田先生が70歳の時に示した

「妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとる」という決意は、

そうした後継の弟子が陸続と誕生することによってのみ可能となります。
 
もちろん「不老不死」といっても、
あるいは三代の会長を「永遠の師匠」とするといっても、

神格化などではありません。
「人間・池田大作」が何を思い描き、

どのように弟子の道を生きて、苦難を勝ち越え、他者と接してきたか。
そこを知ろうと願い、

責任感と使命感を分かち持つ不二の弟子たちが世界中に誕生し続けることによって、
まさに池田先生は

「不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとる」わけでしょう。
 
先ほどの自我偈には
「一心に仏を見たてまつらんと欲して 自ら身命を惜しまざれば

時に我れ及び衆僧は  俱に霊鷲山に出ず」と続きます。
後継の弟子たちが一心に師匠を求め、

師匠のように生きようと不惜の実践をするとき、
師と弟子は生死を越えていつでも一体であるということですね。
師匠が広宣流布の指揮をとる法華経の霊鷲山の会座は、
過去のものではなく、弟子の求道があるかぎり永遠に続くのです。
 
霊鷲山は、

釈尊が拠点としたマガダ国のラージャグリハ(王舎城)に実在する山です。
「俱に霊鷲山に出ず」とあるのは、
どこまでも現実のこの娑婆世界を離れて仏法はないという
法華経の思想を象徴しているのだと思います。


世界はなぜ「池田大作」を評価するのか
第1回 逝去と創価学会の今後
ライター 青山樹人 から
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