2021年4月29日。
5年前のきょうは、激しい雨の嵐の夜でした。
僕は、君からのお別れのメッセージを感じました。
その二日後、僕は君からのメッセージをまた受け取りました。
~
逢えなくなって どれくらいたつのでしょう
出した手紙も 今朝ポストに舞い戻った
窓辺に揺れる 目を覚ました若葉のように
長い冬を越え 今ごろ気づくなんて
どんなに言葉にしても足りないくらい
あなた愛してくれた すべて包んでくれた
まるで ひだまりでした
菜の花燃える 二人最後のフォトグラフ
「送るからね」と約束はたせないけれど
もしも今なら 優しさもひたむきさも
両手にたばねて届けられたのに
それぞれ別々の人 好きになっても
あなた残してくれた すべて忘れないで
誰かを愛せるように
広い空の下 二度と逢えなくても生きてゆくの
こんな私のこと心から
あなた愛してくれた 全て包んでくれた
まるで ひだまりでした
あなた愛してくれた 全て包んでくれた
まるで ひだまりでした
~ ひだまりの詩 - Le Couple
それが、君の
この世とのお別れのメッセージだとわかったのは去年の春でした。
最後に君と言葉を交わしてから35年。
去年につづき、今年もまた、
君が暮らし、いまは更地となっている跡地へ行きました。
勤行をして、僕がいつも使っている伽羅の線香を一本、
玄関があったあたりに供えました。
君が僕に心を寄せてくれたから、
僕は自分のいのちのあらゆる限界を超えて、
ここまで辿り着くことが出来ました。
君が僕に会いに来てくれた日。
僕は戸惑いました。
そして手紙を書きました。
~
いまの僕には、
あなたにあげられるものが何もないのです。
僕はとても大切なことを思い出しました。
~
君といたのは半年。
昭和の最後の年の暮れの夜、車の中で君に話しました。
「いつ死んでもいいように生きたい」
「自分より遥かに高いところにいる、
その人を生かすために死ねる人間になりたい」
君と最後に会ったとき、僕は本をあげました。
「私の人間学」(池田大作)
それから、僕には次から次へと困難が押し寄せました。
二年半、僕は世間的には奈落の底へ落ちていました。
会社をやめてくれ!と幹部から迫られました。
僕は妥協するわけにはいかなかったのです。
辞めてもいい!と答えました。
しかし、その直後、世間話をしていると、
その幹部の態度が急に変わり、
いままで言ったことはすべて忘れてくれ!となりました。
『明師並に実経に値い奉りて正法をへたる人なれども
生死をいで仏にならむとする時には
かならず影の身にそうがごとく・雨に雲のあるがごとく
三障四魔と申して七の大事出現す、
設ひ・からくして六は・すぐれども
第七にやぶられぬれば仏になる事かたし、
其の六は且くをく第七の大難は天子魔と申す物なり、
設い末代の凡夫・一代聖教の御心をさとり
摩訶止観と申す大事の御文の心を心えて
仏になるべきになり候いぬれば
第六天の魔王・此の事を見て驚きて云く、
あらあさましや此の者此の国に跡を止ならば
かれが我が身の生死をいづるかは・さてをきぬ
又人を導くべし、
又此の国土ををさへとりて我が土を浄土となす、
いかんがせんとて欲・色・無色の三界の
一切の眷属をもよをし仰せ下して云く、
各各ののうのうに随つて・かの行者をなやましてみよ
それに・かなわずば・かれが弟子だんな並に
国土の人の心の内に入りかわりて・あるひはいさめ
或はをどしてみよ・それに叶はずば
我みづから・うちくだりて国主の身心に入りかわりて
をどして見むに・いかでか・
とどめざるべきとせんぎし候なり』
(三沢抄)
僕のいのちの炎が燃え尽きようとする最後の勝負のときが来ました。
彼の人が僕の背中を押してくれました。
「男は妥協なんかしちゃダメだよ!死んだって大丈夫だよ!」
1991年4月18日。
二年半前、君に言った通りの人間に僕はなれました。
「いつ死んでもいいように生きたい」
「自分より遥かに高いところにいる、
その人を生かすために死ねる人間になりたい」
激しい雨が大地を叩きつける嵐の夜。
雪山童子のように身を投げ出そうとした瞬間。
僕はとほうもない宇宙大の生命力に包まれました。
僕の魂は地球を見下ろしていました。
僕は死ななかったのです。
すべて、君がいたおかげです。
僕は特別な人間ではありません。
すべては君への敬慕の力のおかげです。
『我ならびに我が弟子、諸難ありとも疑う心なくば、自然に仏界にいたるべし。
天の加護なきことを疑わざれ。現世の安穏ならざることをなげかざれ。
我が弟子に朝夕教えしかども、疑いをおこして皆すてけん。
つたなき者のならいは、約束せし事をまことの時はわするるなるべし』
(開目抄)
35年前、彼の人は言いました。
「みんな馬鹿にするけど、仏法に偶然なんてないんだよ!」
あれから35年。
順風満帆で来たわけではありません。
格好のいいことは何一つありません。
僕の人生に妥協はないので、世間的には闘争の日々です。
『その外の大難、風の前の塵なるべし』
(開目抄)
僕はこの4月から、この30年歩きつづけてきた領域の知識と経験の、
ほぼすべてを駆使する必要がある仕事に就きました。
それはとても不思議なことです。
かつて、彼の人は言いました。
「仏法に偶然はない。必ず意味がある」
「仏法には一切無駄はない。すべてが活きてくる」
『妙と申す事は開と云う事なり』
『妙とは具の義なり具とは円満の義なり』
『妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり』
(法華経題目抄)
大きなプレッシャーに押しつぶされそうな1カ月が過ぎようとしています。
いよいよ、僕の最後の本当の闘争がはじまる。
僕は、いまも君への敬慕の力に導かれています。
~
今から後わたしは幸運を求めない、
このわたし自身が幸運なのだ、
今から後わたしはこっそり話などはしない、
もうひきのばしなどはせぬ、
何ものをも入用としない、
家の内での愚痴や、知ったかぶりや、
あら捜したらだらの批評など飽き飽きした、
力強く、満足して、わたしは大道を旅する。
大地、それだけで充分である、
諸星座がも少し近ければなど
わたしは欲しはしない、
それらはその所在するところで
申し分ないのをわたしは知っている、
それらはそれらに属しているところの
ものたちで充分なのをわたしは知っている。
わたしは自分が考えていたよりより大きく、
よりすぐれている、
わたしは自分がそんなにも多くの
良さを保持していたのを知らなかった。
すべてがわたしに美しく見える、
ここに英知の試練がある、
英知は学校で決定的には試験されない、
英知はそれを所有している者から
それを所有していない他人へ譲ることはでき得ない、
英知は霊魂のものである、
立証され得るものではなく、
それ自身が立証であって、
あらゆる段階と、物象と、
資質に応用されて満足するものであり、
現実の確実性と事物の永遠性であり、
また事物の卓越である、
事物の見られ得るものである
浮泛物のなかに何ものかが存在して、
そのものが霊魂から英知を喚起するのだ。
あらゆる物象の核心だけが滋養分を与える、
君たちや、わたしたちのために
莢をもぎ取ってくれるところの彼はどこにいるか?
君たちや、わたしのために
謀略と外包物を駄目にさせるところの彼はどこにいるのか?
さあ、出発しよう!
わたしたちはここに留まってはならない、
たといどんなに
これらの貯えられた倉庫が人を魅了するにしても、
たといどんなにこの住居が便利であるにしても、
わたしたちはここに留まることはできない、
たといどんなにこの港が安全であろうとも、
またたといどんなにこれらの海が静穏であろうとも
わたしたちはここに投錨してはならない、
たといどんなにわたしたちをめぐるところの
厚いもてなしを歓び迎えるにしても、
わたしたちはほんのわずかの間
それを受けとることが許されているだけなのだ。
さあ、出発しよう!悪戦苦闘を突き抜けて!
決められた決勝点は取り消すことができないのだ。
過去の苦闘は成功したか?
何が成功したのだ?君たち自身がか?
君たちの国家がか?”自然”がか?
今こそ、わたしのいうことをよく了解したまえ
それはいかなる成功の成果からのものでもあるところの
事物の本質のうちに準備されてある、
何であるかは問題ではない、必要な、
より大きな苦闘をするために何ものかが出て来るだろう。
わたしの呼ぶ声は戦闘の呼びかけだ、
わたしと同行する彼はよく武装されなければならぬ、
わたしと同行する彼はしばしば空っぽの胃の腑、
貧乏、憤激した敵、遺棄と一緒に行くのだ。
仲間よ、わたしはわたしの手を君たちに与える!
金銭よりもいっそう貴重なわたしの愛を君たちに与える、
説教や法律よりもまずわたしはわたし自身を君たちに与える。
~ W・ホイットマン - 大道の歌