難題の解決策を見つけ出し実証し、
「移行における問題と解決策検討」
という提案書をまとめた。
きょう、最終面談で次の派遣先が決まった。
僕はまた、さらなる難題に立ち向かっていく。
石に立つ矢のためしあり...
『李広将軍と申せし・つはものは
虎に母を食れて虎に似たる石を射しかば
其の矢羽ぶくらまでせめぬ、
後に石と見ては立つ事なし』
~
私が夜遅くまで読書をしていると
母からは「身体に悪いよ」といつも心配された。
父からも、兄たちは戦争からいつ帰ってくるかわからぬ。
おまえだけは健康にと静かに本を閉じる仕草をされた。
疎開先の西馬込から詩情豊かな
森ケ崎海岸の近くの家へ移ったのは終戦の直後であった。
この家はもともと父の持ち家で人に貸していたのである。
二所帯分の大きい家である。
父は私にもわりあい広い部屋を使わせてくれた。
戦時中防空壕に入れて守った多くの本なども
どんどんその部屋へ置くようにした。
正しき活字文化を興隆させゆくことは
野蛮な暴力に打ち勝つ道であると私は信じてきた。
当時どの本から見つけたかある英知の言葉があった。
「波浪は障害にあうごとにその頑固の度を増す」
さらにまたある賢人の言には
「艱難に勝る教育なし」
いずれもわが青春の座右の銘と決めた。
私は私の部屋にこの言葉を書いて飾った。
この忘れ得ぬ読書も
終戦の年十七歳の時であったと記憶する。
~
僕の心には、いつも二人の人がいる。
彼の人と、800年前の方。
