民主主義の本質はそこにある。
そこを離れて民主主義はあり得ない。

習近平は、中国式民主主義を主張し、
事あるごとに、「国家と国民」と同列に口にするが、

習近平にとって、国民は国家の下僕であり、
自らの野心を遂げ、自らが歴史に名を残すための道具に過ぎない。
決して同列に並ぶことはあり得ない。

奴の詭弁に惑わされてはいけない。
 

 

 

 

 

 

 

https://www.roc-taiwan.org/jp_ja/post/79965.html

「Taiwan+」がスタート、蔡総統がビデオメッセージ寄せる

 

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日本へ蔡総統がクリスマスと新年メッセージ…
「ワクチン提供に感謝、この先も友情を深めていく」

【台北=杉山祐之】
台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は25日、
クリスマスと新年を祝う日本国民向けの動画メッセージをツイッターに投稿した。
蔡氏はこの中で、日本が今年、台湾に新型コロナウイルスワクチンを提供したことに触れ、
「すべての台湾人民を代表して、深い感謝を表明したい」と述べた。その上で、
「この先も台日は手を携えて助け合い、友情の絆を深めていくと信じている」と強調した。

読売新聞オンライン 2021/12/26
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トルドー加首相、中国を批判 「西側諸国の対立画策」

【12月27日 AFP】カナダのジャスティン・トルドー(Justin Trudeau)首相は
25日放映の地元テレビ局のインタビューで、中国は西側民主主義諸国を
「互いに対立させようと仕向けている」と非難し、
西側諸国は団結して立ち向かわなければならないと訴えた。

トルドー氏はグローバルテレビジョン(Global Television)で
「中国が天使のように振る舞いながらわれわれを分断させないよう、
もっとうまく立ち回り、団結しなければならない」と語った。

同氏は、カナダとオーストラリアが中国の中間層向けの牛肉販売で競っていることを

例に挙げ、中国に貿易条件の決定権を委ねる結果となっていると指摘。
「中国は非常に巧妙に、自由市場における競争の下でわれわれを対立するよう

仕向けている」と述べた。

さらに、西側諸国は「共同戦線」を張り、中国が「威圧的外交」を行えないように

すべきだと語った。

両国の関係は2018年12月、中国通信機器大手・華為技術(ファーウェイ、Huawei)の
孟晩舟(Meng Wanzhou)最高財務責任者(CFO)がカナダで拘束された後、
カナダ人の元外交官マイケル・コブリグ(Michael Kovrig)氏と
実業家マイケル・スペーバー(Michael Spavor)氏が中国当局に逮捕されて以降、悪化した。

孟氏は今年9月、米司法省との取引が成立し釈放された。
その直後、カナダ人2人も解放された。

カナダは今月、来年2月に開催される北京冬季五輪について、米豪英に続き、
中国による人権侵害の懸念を理由に外交ボイコットを表明。
ファーウェイ製5G(第5世代移動通信システム)の禁止も検討している。

2021年12月27日 AFP BB NEWS
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独裁権力は体制の側にある。
しかし、民主主義は体制の側にあるのではない。

独裁権力は、変化しないことを要求するが、
民主主義は、常に変化することを要求する。

民主主義は、唯一の正解のない世界で、
常により良いものへと、
民衆自身が民衆自身を変化させていくという、
人間の側の強い意志と連続行動が失われたとき、
民主主義という体制の中に死に絶える。

民主主義が生きたものでありつづけるためには、
人間が目覚めること、
人間が一人として強くあること、
自分こそが新しい世界をつくり上げるのだ、
という覚悟と、
どんな状況の中だろうと、
すべての嘘嘘としたものを吹き飛ばし、
突き抜ける確実な一歩一歩が必要なのだ。

 

 

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第一次世界大戦後の「ヴァイマル憲法」によって、
社会的生存権、労働権、表現の自由などが保障され、
史上稀にみる自由で平等な社会が憲法上は出現した。
しかし、憲法制定後14年で、
以上の権利を認めない監視社会、ナチ党独裁の時代を招いてしまう。

< 京都大学アカデミックデイ2018 民主主義からなぜナチスが生まれたのか >
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独裁権力は力の問題だが、
民主主義は思想と意志の問題だ。

独裁権力は物質文明の問題だが、
民主主義は精神文明の問題だ。

人間は生きることを問題にするところから、
どう生きるかを問題にするようになる生きものだ。

その時は必ず来る。
 

 

救いを求めるのではない。
救いを自らつくりだすのだ。

偉大な求道者たちの精神闘争のひとつの歴史がある。

思想は人類とともに深化する。
 

 

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【民衆が主体性を発揮する中に、立正安国の思想の本質がある】


仏教は古代から日本に存在してきましたが、当時は、神や仏の存在を、
目の前にある仏像などとしてしか認識できないような時代でした。
目に見えない浄土や成仏といった概念が人々に実感されるようになったのは、
11、12世紀辺りからです。

それ以前に、最澄や空海というような天才的な思想家が現れてはいましたが、
鎌倉時代以前の仏教は、あくまで「学問」でした。
僧侶はいわば国家公務員のようなものであり、国のために学び、国のために祈る
のが仕事だったのです。

平安時代後期に入ると、庶民の間に入って仏教を実践するような人が現れはじめますが、
その背景となるような思想を深めるには至っていません。

相次ぐ飢饉や疫病など、人間の力の及ばない事象に直面する中で、従来の形式的で
論理だけの伝統仏教をどうやって現実に適合させていけばいいのか。
こうした問題意識が初めて起こったのが鎌倉時代というように考えることもできます。

仏教を理屈や学問ではなく、実際に人々を救う力として昇華させていこうとしたのが、
法然や親鸞、道元、日蓮ら、鎌倉仏教の祖師たちです。
彼らは、それぞれの問題意識と解釈、そして実践で、現実に立ち向かっていきました。

私は、この鎌倉仏教が日本を代表する思想の一つであり、世界遺産ともいうべき重み
があると考えています。

 

 

私は、日蓮が生きた13世紀と現代の様相が、とても似ている印象を受けます。

13世紀は寒冷化が進むなど気候的な変化があった時期ともいわれ、
自然災害が頻発し、飢饉や疫病が相次いで発生しました。
日蓮が「立正安国論」を著す前の正嘉元年(1257年)には、鎌倉地方を巨大な
地震が襲っています。

一方、現代に生きる私たちは10年前に東日本大震災を経験し、気候変動や
コロナ禍という未曽有の困難に直面しています。

どちらも、時代状況が大きく様変わりする中で迎える、一つの節目に当たって
いるのではないかと思います。

もう一点、指摘できるのは、800年前も現代も、思想が壁に突き当たっている
時代であるということです。
 

 

日蓮が生まれる前の時代は伝統仏教が国家に定着していたわけですが、
それはあくまで国家の権力者のためのもので、一般民衆の生活は視野の外に
置かれていました。

一方で、12世紀末に法然が始めた専修念仏は、誰でも実践可能で平等な救済に
あずかれるという思想であり、庶民の圧倒的支持を得て爆発的な流行を見せて
いたのです。

ところが、法然ら浄土教系の祖師たちは理想を来世に求めたため、人々は
日常の生活改善には関心を持ちにくくなっていました。
そこへ飢餓や災害が次々と襲い、地獄のごとき様相を呈していくのが800年前
の状況です。そういった時に日蓮は生まれたのです。

 

 

一方で、現代の思想的混乱は何かというと、私は、近代化に伴う人間中心主義
に起因するものだと考えています。
人間の理性が進化するほどに社会も成長し、理想的な世界が実現するという思考は、
徐々に社会から人間以外のものを追放してきました。

気候変動や感染症の拡大といった人類的課題は、近代化や人間中心主義の広がり
の弊害ともいえます。
しかし、だとすれば、私たちは代わりにどのような道を歩めばいいのか。
それを見いだせてはいません。

人々が未聞の困難に向き合わざるを得ず、思想が行き詰りを見せ、自分以外の
ものに目を向けることができない。

800年前と現代には、そのような共通性を見ることができるのではないでしょうか。

 

 

<革命的な転換>

地域の人口が激減するような正嘉の飢饉にあって、日蓮は東国で、親鸞は京都で、
同じように凄惨な光景を目の当たりにしています。

この災厄に触れて、親鸞は”非常に大変で、かわいそうなことであるけれども、
仏がすでに説いたことであるのだから、今さら驚いてはいけない”と記しています。
彼にとって、究極の救いは来世にありました。
次々に人が亡くなっていくが、今は地獄の苦しみかもしれないが、浄土では
永久に救われるのだーーーと。

一方、日蓮は親鸞のようには考えることができませんでした。

目の前で苦しみに喘ぐ人々に、この世での幸福を断念せよとはいえない。
今、この人に何かできることはないだろうかーーーその止むに止まれぬ思いが
立正安国論の著述へと結実し、新しい信仰として実を結んでいきました。

そこに日蓮の独自性があると考えられます。その問題意識にあったのは、
一貫した民衆への眼差しです。

日蓮にとって「安国」とは、天皇や特定の権力者の安泰を意味するものではなく、
あくまで民衆と国土の安穏を意味していました。
今、眼前で絶望し、嘆き耐え忍ぶ人ーーーそこから現実的な発想を展開しているのです。

従来の伝統仏教では「時の権力者・支配体制の安泰」を「安国の目的」としていましたが、
日蓮にとってそれは「安国の手段」に過ぎませんでした。
ここに日蓮の革命的な転換があるように思います。

こうした論理は必然的に国家と正面から向き合うものとなりました。
鎌倉仏教の中でも際立って特色のある考え方であり、日蓮は国家権力を相対化するような
視点を確立した近代以前の唯一の思想家ともいえるのです。

 

 

しかし、日蓮の安国の理念は、幕末維新期の動乱を経て、日本が天皇制国家として
踏み出す中で、体制護持の思想として田中智学らによって再解釈され、戦前・戦中は
日蓮主義として宣揚されていきます。

戦後、それまでの天皇や国家に対する賛美と聖化は影を潜め、日蓮への評価は

一変しました。いわば、日蓮仏法は戦争翼賛のための国家主義礼賛の教理に歪められ、
誤解を払拭されないまま戦後に否定されたのです。

一方で、国家に論及しない親鸞や道元の再評価が始まり、特に親鸞を基準に鎌倉仏教の

祖師を評価する立場は、学界に大きな影響を及ぼしました。
仏教界では、立正安国論を日蓮の思想が完成する以前の未熟な著作とみなし、
宗学から排除する方針も高まりました。

 

 

日本の思想書の中で、立正安国論ほど評価が激しく分裂し、解釈が劇的に変遷した書は

珍しいといえます。日蓮が39歳の時に記した初期の頃の著述ではありますが、

日蓮はその後も改訂を加え、生涯にわたって立正安国の論理を追求していきました。

 

立正安国論の思想構造を厳密に見ると、そこには二つの論理があるといえます。

日蓮が何より心を痛めていたのは、人々が災害や飢饉に苦しむことでした。
見渡せば死体があふれ、生きるか死ぬかの状況です。
そのような時に「正しい教えを信じれば成仏できますよ」と言っても、
庶民に言葉が届くはずがありません。

まず目の前にある危機をどのように乗り越えていくのかーーーそれが、
立正安国論の第一の論理です。

 

日蓮というと、ともすれば極めて独善的なイメージに思われがちです。
しかし、立正安国論での念仏批判の論理を見ても、日蓮が非難したのは、

あくまで念仏の排他性のゆえでした。
法然が浄土教の教え以外を「捨閉閣抛」せよと主張していたことを問題視し、

日蓮は排他的な念仏思想を責めたのです。日蓮は決して独善的ではなく、

寛容な立場であったと私は考えています。

 

 

もう一つ、立正安国論には、第二の論理があります。

一般的には念仏批判の書として捉えられている立正安国論ですが、それでは思想的混乱

が収まり、社会が平穏になったらそれでいいのか、という問題があるように思います。
一番重要な仏教の悟りについて、言及がされていないからです。

ここで注目すべきは、立正安国論の第9段にある主人の「汝早く信仰の寸心を改めて速に

実乗の一善に帰せよ、然れば即ち三界は皆仏国なり」という言葉です。

日蓮の考えは、まず法然の念仏を禁止し、仏教を本来の状態に戻す。
その上で、一人一人が信仰の自己変革によって、仏国土を実現させていくという発想に

立っていたのです。

仏国土とは、単に飢饉や疫病がない状況をいうわけではありません。
個々人の悟りの顕現をもっての国土の安穏です。
「なぜ生きるのか」「どうして死があるのか」というような、世俗的な価値の追求だけでは
答えが出ない人生の本質的な問題に対し、「実乗の一善」に基づくことで解決を促し、

その結果として、真の意味で安国の実現が可能であると説かれているのです。
 

 

目の前の苦悩に対して、まずはやるべきことをやらなければいけない。
病気で苦しんでいるのであれば、薬を飲んだり、病院にかかったりして、

病を治すのが先決です。

しかし、それだけでは、揺るがざる幸福という根本的な救済につながるとは限らない。

現代に当てはめて言えば、医療や社会的対策を尽くし、コロナ禍を収束させるのは

もちろん大事なことです。
しかし、この立正安国論の視点から現代を見つめれば、重要なのは「その先」であるとの

視座がうかがえるのです。

気候変動など人類的諸課題が立ちはだかるこれからの時代を、自分はどのように

生きていくのか。一人一人がどのような生き方をしていくべきかが問われているのです。
 

 


この「実乗の一善」の実践は、強制や押し付けではできない。
上からではない下からの変革のベクトルであり、民衆の一人一人が客体ではなく

主体となって、初めて安国があるといえるのです。

日蓮の「実乗の一善」で提示されている価値観は、国家にも民族にもよらない、

人間としての普遍的な理念ではないでしょうか。
あらゆる差異を超える本質的な視点は、地球的な課題を考える上でも欠かせないものです。

一人一人に光を当て、その一人が自らの人生をより良く変える中で、社会を変え、

世界を変えていこうとする。
この主体性は、日蓮の基本的な立場であり、立正安国論の本質にも

通じるものだと思います。

 

 

<宗教の命>

私は、宗教で一番大事なことは、教理や理屈というよりは、その思想が人々にどのように

希望の灯をともせたかだと考えています。

弘安2年(1279年)に起こった熱原の法難は、そのことを如実に示すものでした。
駿河国富士郡熱原に起こった法華信徒への弾圧事件は、農民3人の斬首、17人の禁獄

という過酷な結末を迎えています。しかし、農民信徒たちは、なぜ命を捨ててまで、

日蓮の教えを守り抜こうとしたのでしょうか。

彼らの多くは、わずか1年余りの信仰歴で、僧侶でも武士でもない下層の庶民の人々です。
名字すらありませんでした。当代随一の最高権力者である平頼綱は、罪を認めて

念仏を唱えれば赦免すると迫りますが、農民たちはこの提案を一蹴します。
そして理不尽な拷問に、題目を唱えて立ち向かっていったのです。
生命の奥から迸り出るような題目の中で、自らの救済について絶対的な確信に

到達していたに違いありません。
 

私は、熱原の法難における、この農民信徒たちの行動こそ、鎌倉仏教の最も輝かしい

到達点であると思います。
宗教の核心とは、祖師の思想のみに存在するものではなく、その教えに生き、

信念に殉じた名もなき人々の生き方そのものにある。
教えを実践する人がいて、初めて宗教としての命が吹き込まれるといえるからです。

伝統仏教では、庶民はあくまで施しを受ける「客体」であり、日本の歴史をたどると、

庶民が「主体」として浮かび上がってくるのは室町時代後期になってからのことです。
ところが熱原の農民信徒は仏教を担う主体として、日蓮の信仰を内面のみならず

行動において示しました。このことは封建的な差別を克服する道に

つながっているといえるでしょう。

本尊分与の目録などを見ても、日蓮が信徒に授与した曼荼羅は同じもので、

武士や僧侶や農民といった上下の差別は一切ありませんでした。
身分や地位を超えた平等な救済を唱え、誰一人置き去りにすることなく客体から

主体へと転換させていったことは、今、改めて注目すべき信仰の精神ではないでしょうか。

 

 

時代や地域によって人間の在り方は変わるかもしれませんが、人間性の根源には

共通する部分があるのではないでしょうか。

 

心の世界にどこまで杭を打ち込んでいけるか。

普遍的な信仰や思想は、表層部分だけではなく、心の奥深くに、垂直に入っていける

ものです。それがどの深みにまで浸透しているかで、人間の根源的な苦悩を解決して

いけるかどうかが決まってくるように感じます。

日蓮の思想は世界に広まってきました。
これが今後どれだけ広がり、果たして世界の運命を変えるだけの力があるかどうか。
それは、熱原の法難がそうであったように、日蓮の思想そのものというよりは、
それを解釈し、実践する信仰者の姿を通して明確になるものなのでしょう。

古典は、時代を超えて、新しい読み方がなされることがあります。
昔には見えなかったことを、今の私たちは読み取ることができる。
今、我々が見えないことでも、次の世代の人たちが見えるということもあるかもしれない。

古典は時代や状況を超越して影響を与えてくれるものですが、難しいのは、
私たちの問い掛けに応じてしか答えてくれないという点です。
そこから、より深いものを読み出そうとすれば、問題となるのは、問い掛ける側の姿勢です。

 

< 東北大学大学院 佐藤弘夫 教授 >
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