朝から例の泥棒事件の続編。一〇時前に私のドアがノックされる。朝から学生課に苦情を言いに行く。(Verwaltungという。英語圏の人には発音しにくいのでオフィスと言い換えて喋る。)
「オフィスに行こう」
と実は二つ年下だったビバッシュ。
面白そうだから、ついていく。彼はドイツ語ができない。オフィスの職員も英語ができるかどうかわからない。そうなると、私がドイツ語と英語の同時通訳をしなければならない。オフィスにて、英語が喋れるか?と聞くと職員は喋れる人を連れてきた。私の出番はなさそうだ。
「私の住んでいる四階には泥棒がいる。犯人は四階の住人であるのは間違いがない。四一四の女性もかばんを盗まれている。今夜ミーティングをしようと思っている。今回はその報告に来ただけだ」
という。熱心に聴いてくれる職員。ミーティングの結果を報告してほしいとのこと。
その後、ビバッシュは私に言う。
「じゃあ、今日の八時にミーティングをしよう。君はドイツ語でその旨をみんなに伝えてくれ!あ、私は今日は授業はないが、勉強しに図書館に行かなくてはならない。じゃあね」
という。私は苦手のドイツ語作文をしなくてはならない。まあ、いいや。
「本日十月七日(月)八時よりミーティングルームにて一連のわれわれ四階の問題について語り合いましょう」
という内容である。ドイツ語に直すと、
Treffen wir uns heute (7.10) um 20 im ober Tagesraum. Und sprechen wir über unsere Probleme.といったとこだろう。(今の私の実力では……。)みんなの気をそぐために、この文章に非常にかわいい絵を貼り付け、準備完了。これをみんなの部屋に配るとするか。ふう。
今日は雨である。ドイツでは、雨天、晴天が交互に起こる。ビバッシュ曰く「オルタナティブなドイツ天気プログラムがとうとう働かなくなったね」という。
● 黒帯の実力
今日は久しぶりに空手の練習に行くことに。日本から胴衣が届いたので黒帯を締め道場に行く。いつも私服のときは一番後に並んでいた。つまり、白帯よりも低い位置に並んだ。流派が違うし、この流派の型を知らないからである。
しかし、黒帯をつけると、扱いが違う。私は先頭に並んだ。二番目の位置である。指導者の次である。黒帯は私と指導者の五〇代の人、それとおじいさんだけである。私が号令をかける位置である。私の若さで黒帯はいない。立つ位置が前過ぎるので、一つ一つの技も緊張する。黒帯らしい技を出さなければ、彼らの黒帯のイメージを崩してしまいかねない。
しかし、私は千葉大学の主将としての誇りがあるし、黒帯としての実力もあると自覚している。(そうでなければ、黒帯をもらえない)練習も大学とは違う。シビアさが違う。これでは黒帯を取るのに十年はかかるのは当然である。まじめにやっているが、自分を変えよう、限界を超えよう、強くなろう、という意識は見られない。街道場であり、健康のために、運動不足解消のためにやっている人もいる。護身のためにやっている女性も多くいる。ここに大きな違いがある。私は武道としての空手を四年間修めた。黒帯をとれて当然である。必死に練習に参加し、自分を変えようとしてきたからだ。そのシビアさはドイツの道場では必要不可欠なものではない。
今日は組み手をやる。といっても、約束組み手。非常に面白い。体が空手を思いだす。非常に気持ちが良い。気分爽快。練習も大学のとは一味違う。それが私を退屈させない。ここでひとつがんばってみるか。ドイツの空手を知る機会もめったにないだろうし。
● 日本が沈む!?(世界的標準の価値観とは!?)
昨今の泥棒騒動、私は勘違いしていた。私はこう思っていた。(バター?シャンパン?卵?盗まれたのは残念だね。相当ひどいやつだろう。でも、買いなおせばいいんじゃない?めんどくさいけどね。冷蔵庫の中身?みんな個人の箱を買い、鍵をかければ解決するでしょ!?私のフライパンも誰かが使ってくれれば幸せさ)という具合である。そう思う人、多いのではないかな。実はそれは他の国から見ると違うのであった。
八時からミーティングである。私はみんなに呼びかけた人。今回の問題についてかたろうということ。ビバッシュは遅れてしまい、ドイツ語のつたない私が司会をやることに。(私はあまりこのミーティングに乗り気ではない、ビバッシュが企画したミーティングなのだ。)
「今回の一連の泥棒の件について話し合いましょう」
といい、私のフライパンが盗まれた件、ビバッシュが二度もバターとチーズとシャンパンを盗まれた件、今日もポーランドの人がバターを盗まれていたこと。ほかのフロアーにはこの種の事件はないこと。などを語り、
「どのような解決策があるのか。みんなで案を出し合おう」
という。参加者は八名。ドイツ人が四人、中国人、インド人、日本人、ポーランド人である。みんな現状について報告し合い、最初は
「解決策はない。アイデアはない」
といっていたが、
「冷蔵庫の鍵、ドアの鍵をかけよう。鍵つきの箱を買おう」
という解決策がでてきた。遅れてインド人登場。インド人はドイツ語が通じない。一同会話が英語に変わる。(英語だと中国人がわからないが続行……)。インド人曰く
「ドアに鍵をかけても共通の鍵を持っているわれわれならば、すぐにものを取れてしまう。物を取ったものはわれわれのフロアーにいるはずだ。それを探さなければ解決しないだろ」
という。しかし、みんな
「犯人はこのフロアーの住人ではない。台所もたまに鍵がかかっていない。ほかものが入り、食料を盗んだのだろう」
と言うだけだ。しかし、現状でうちのフロアーだけ長年盗難騒動が起きている。三年位前からである。これはおかしい。ビバッシュはこれから四年ここで勉強する。私はこの盗難騒ぎを止めたい、という。しかし、みんなは犯人探しをしようとしない。結局ドイツ人同士がドイツ語で話し始め、ビバッシュは話の外へ。そして、解散。
(フロアー責任者の人Caroさんがいないという実情もあったため、来週にもう一度話し合うことと、フロアーで毎週木曜にパーティーをやることのみ決まる……)
その後私はビバッシュの部屋に行く。私が結論部のドイツ語の内容を説明する。ビバッシュ激怒。
「どうしてこの件をまじめに取り扱わないのだ。犯人はこのフロアーの住人だ。何で取るのか、何のために、どういう神経でとるのか?それを先ず見つけるのが先だろう。鍵つきの箱を買えばいいとか、ドアを閉めましょうでは解決策にならないだろう。われわれのフロアーに泥棒がいるのだぞ?根本的に解決しようと思わないのか」
という。なるほど。そういわれてみれば、そうである。(私はこの時点ではまだビバッシュは何で怒っているのか知らなかった。)そして、おなかが減ったので夕食。
私はチャーハン(ソーセージ、卵、牛丼の素、塩、コショウ、しょうゆを混ぜたもの)をつくる。料理上手の例のドイツ人ヤニーナと一緒に料理をする。ヤニーナは英語をビバッシュに習おうということで、英語で夕食をとる。ヤニーナは非常に英語も堪能。私の英語は上手くないわ、とこのレベルで謙遜されると、英語教師を日本でやっているが喋れない私は立場がない。
さて、三時間以上にわたる英語の会話。ビバッシュの言葉は非常に私の価値観を揺るがした。ビバッシュ曰く
「ここの寮一〇七ユーロは高いね。私の国では二〇ユーロだよ。啓一郎の国ではどうだ?」
私が言う
「私の一人暮らしをしているアパートは月五百ユーロだった」
ビバッシュは、
「信じられない。うちの父親は一〇万円稼ぐのに三ヶ月働くのだ。啓一郎は日本からラップトップを持ってきたと聞いている。ラップトップなど買えるくらいの大金でインドでは家が建つ。百円一時間のインターネットカフェ?信じられない。こんなことがあっていいのか。インド人にはすばらしい学者がいる。みんなノーベル賞をもらう実力がある。しかし、もらうのはアメリカ人やドイツ人ばかり。うちの研究室を見てくれ。毎朝研究室の鍵を開けるのは誰だと思う!?インド人だ。ドイツ人は適当に来て、日が沈んだら帰る。残っているのは誰だと思う?インド人と、中国人だ。それなのに、われわれは十分なお金がない。ドイツ人の教授がどれくらい月にもらうのだ?数千ユーロだろ。千ユーロは君らにとって非常な大金か?そうではないだろう。われわれにとっては大金だ。ドイツに来ると設備は抜群にいい。非常に高価である。しかし、学生はその実験機材を平気で壊し、すぐ新しいのを使いたがる。インドでは実験に使うスポイトは高価だから大事に使っている。ヤニーナ、君の専門はなんだ?」
「アラビア学だよ」
「アラビア学などやる余裕はインドにはない。アラビア学が人々の暮らしにどう役立つのかいってみてよ」ヤニーナが説明。しかし、納得できないビバッシュ。
「啓一郎の農業は人々の暮らしの直接役に立つ。啓一郎みたいな学問を修める人がいないと、食べていけないからだ。われわれは必死に学んでいる。ドイツ人はどうだ!?ゲッティンゲン大学にノーベル賞受賞者四十人?なぜなのだ?インドはたった一人だ」
その後、インドの価値観、宗教、教育、生活について熱く語る。
その中で、ビバッシュの泥棒騒動の怒りの原因が氷解した。われわれにとってバターや卵やシャンパンは使い終わったスポイトのようにそこまでの価値を感じていない。新たに買えばいいし、そこまで問題ではない。犯人を捜すためにフロアーでの互いの猜疑心を大きくしギクシャクしたくないという感じだ。
しかし、それは違う。ビバッシュは、
「食べ物を盗まれても平気でいる態度が理解できないのだ。私はそういうことは絶対許せない。なぜ人のものを平気で食べられるのか、そこを追求しないという物への執着心のなさが理解できない、君らのような豊かな国ではどうでもいいのだろう。新しい鍵と箱を冷蔵庫に設置すれば済む問題なのだろう」といったところだ。
私はこの国に来る際に非常に大量の仕送りをもらっている。ビバッシュに言ったら目が飛び出るくらいの額だ。日本人の学生全般に金持ち過ぎるような気がする。大学生は仕送りをいくらもらっているだろう。月五万が生活費。家賃が五万。授業料が年で一〇〇万くらいかな。(国立は半分)。その他いろいろ親から仕送りを受けている人もいると思う。それはほかの国から見れば異常なことであろう。月十五万近くのお金を親から受けている。しかも、勉強するためにお金を送っているのに、バイトをしている。合コン?飲み会?カラオケ?買い物?麻雀?サークル?これは非常におかしい。日本では普通である。こういう大学生は探せばいくらでもいる。私もそうであった。しかし、こんな非常に特別な集団は(月千ユーロを親からもらい勉強しない人種)は世界に見ても非常に少ない。みんながみんなそうではない。当然である。勉強している人もいる。しかし、我々日本人はそういう特別な集団を国に抱えている。
インド人は若干二十歳である。私より二つ下。英語を使い、ニューロサイエンスの分野でドイツの博士課程を四年間で卒業するつもりでいる。ドイツは授業料がタダである。唯一の出費はわが寮の出費一〇七ユーロ。私の部屋とは違い、彼の部屋にはFaxも電話も、テレビも、パソコンも、プリンターもラジオも、電動髭剃りも、何もない。分厚い本が六冊あるだけだ。私の部屋にはそのすべてある。ないのはビバッシュがもつ使命感だ。
私は今日のミーティングでビバッシュに同時通訳を頼まれた。しかしできなかった。その後の英語での会話。私はまともに英語すら話せなかった。そんな私に非常に腹が立った。私は英語を中学、高校、大学と勉強し続けているのだ。しかし、何たるざまだ。英語の授業一つ一つを当たり前のように聞き流し、予習復習もせず、お金を支払ってくれる親の気持ちもわからず、予備校で高い授業を受け、授業料の高い大学で英語を学んだのに、ろくなコミュニケーションもできない。私は授業を使い終わったスポイトのように、盗まれたバターのように、私のフライパンのように、大切に思わない習慣をつけてきたように思う。これは非常に恥ずかしいことである。
今回の留学でもそうである。ドイツで授業の成績を取るのは難しい。しかし、私はすでに二二である。ビバッシュは若干二〇歳でドクターコースにいる。何も身に着けずに帰ってみろ。世界の笑いものである。多額の仕送りをもらい、それなのに仕送りのないビバッシュよりも身に着けてこず、日本に帰国。片言のドイツ語と飾り程度の単位を土産に。これでは、がっかりである。(日本ではそうがっかりではなかったりするが。)ドイツ人の勉強態度はまじめであると日本人は言う。ドイツ人は将来が大学生活にかかっている。それは大変に決まっている。しかし、もっと勉強するのは中国人やインド人などの者たちである。彼らは家族の将来がかかっている。また、いくら授業料がないとはいえドイツに来るのに、非常にお金がかかったであろう。家が傾くくらい。その彼らの中にある使命感ときたら、豊かな国でぬくぬく過ごしている人たちの勉強態度とは比べ物にならない。
私はがんばらなければならない。日本でぬくぬく育ってきた。留学も使命感を持たなければならない。私のフィールドは農業である。農業を通じで私はどうすべきか。ビバッシュはニューロサイエンスで脳のメカニズムを解析し、脳にかかわる病気を解決しようとしている。私もがんばろう。がんばらなくてはかっこ悪すぎる。千葉大学からゲッティンゲンに来た人は私だけである。日本のイメージは私が作るものである。私が英語が通じない、ドイツ語もたどたどしい、専門もたいして知らない、部屋にラップトップがあるほど贅沢な国の出身といったイメージを作ってはならない。
農業の問題を解決するための研究を一歩でも進める存在でなくてはならないし、留学に際して、語学習得などは前提。(中国人などは一年でDSH(大学入試語学試験)をとるほどまじめに、必死にドイツ語に取り組んでいる。私の趣味としてのドイツ語では格が違う。)授業もゼミも、試験も、何もかも。私は真剣に取り組まなければならない。私は日本の代表である。私は大学四年であり、ほとんど単位も取り終えている。日本の教育をすべて修了した存在である。その実力がどこまで発揮できるか。大してドイツ語もできずに、単位も取れないとなると、私の不真面目さの原因もあるだろうが、日本の豊かな国のぬくぬくした環境で構築された教育修了者はインドや中国の使命感に燃えた学生たちに一瞬で追い抜かれることを証明したことになる。教育が国を創る。日本がインド、中国、そしてほかの国々に抜かれる。日本が音を立てて沈むことになろう。
そうさせないためにも、今からまじめに取り組もう。
