こんにちは
GAROEです。
僕が女性起業家の支援活動をやらせていただいている最大の理由なのですが、
実は、かつて僕の母親が起業と主婦をかけもちして、何十年も家族を養ってくれていたからなんです。
このストーリーは、僕が結婚してから母親との会話で、よく出てくる昔話を回想・構成したものになります。
僕の母親は山奥の田舎生まれで、25歳で父と結婚して26歳の時に僕が生まれました。
父が長男だったため、母親は嫁として田舎から父の住む地方都市の実家に入ることになりました。
そして、知り合いも友達も誰もいないゼロの状態から地方都市での母親としての生活が始まりました。
母はもともと性格が前向きでシャキシャキした性格だったので会社勤めよりも起業して、自分の力で稼げるようになりたい、稼いで子供や家族を養いたいという想いを持っていました。
しかし、誰一人、知り合いや友達もいなかった為、母親は、お店や会社に1件1件飛び込み訪問をして、アクセサリーや化粧品を仕入れて販売するビジネスを始めたのです。
母親の昔からの口癖でいまだに心に残っている言葉は、『最低でも1日2万円を売り上げるまでは家に帰らない』という毎日の営業目標でした。
ただし、嫁として父の実家に来た以上、主婦として家事、食事の準備、洗濯などなど、すべて毎日欠かさず、こなさなければならず本当に大変そうな時もありました。
まだ、僕が幼稚園に通っていた頃は、朝、8時に幼稚園に僕を預けてから、お迎え時間の16時までの短時間で、2万円以上を必ず売り上げるという信念で、営業活動を行っていました。
また、これも母親の口癖なのですが、
『無駄な時間は一切作らないことに徹底する』
僕を16時までに幼稚園へ迎えにいかなければならなかったので、それまでに効率よく2万円を売り上げては、僕を迎えに来て、家につれて帰る毎日を過ごしていました。
休みの日はまったくなく、土日は手書きで帳面に売上を計上する業務が膨大にあり、夜遅くまで経理作業をやっていました。
現在のようにパソコンなど無い時代ですから、すべて手書きで売掛金の計算やら、仕入れ台帳の記入まで、夜遅くまで本当に大変そうでした。
当時の業務で大変だったのは、売掛金の回収業務だったと母親はいつも話してくれました。
そんな日々忙しい、ビジネスと主婦の2重生活をこなしながらも、毎月50万円以上は稼いでいたそうです。
そして、徐々にリピートしてくださるお客様が増え始め、訪問販売ビジネスは軌道に乗り始めていました。
そんな頃、当時のお客様から、
『洋服の販売でも始めてみたら』と
言われたことが「きっかけ」となり、洋服を問屋から仕入れて、それを車にすべて乗せて訪問先で洋服をみてもらい、購入してもらうというビジネスを始めました。
そして、これが大当たりしてしまったのです。
母親はお得意様の好みの洋服を、徹底的に記憶して問屋で仕入れては、徹底して紹介していたので、飛ぶように洋服が売れる様になっていました。
毎月のように問屋街へ大量に洋服を仕入れては、すべて売りさばくという偉業を成し遂げていたのです。
それからの母のビジネスの売上は、
100万円以上を超える月もあり、収入は毎年上昇していったそうです。
同じく起業している主婦や経営者といった、大口のお得意様だけにターゲット絞り、一回に大量購入して頂くことで、効率よくビジネスを回していました。
そんなビジネス一色の母親でしたが、
僕の幼稚園・小学校時代の授業参観や運動会には、必ず出席してくれて応援してくれました。
また、僕が怪我や大火傷をしたときも、必ず駆けつけてくれて、病院に連れていってくれたり、看病を一生懸命してくれました。
僕も自分自身が結婚してからは、親の偉大さを感じることが多くなり、子供の時には分からなかった、親の苦労を本当に日々感じています。
たまに実家に帰省した時は、母親と仲良く話しては、いつも昔話に花が咲き、ビジネスの心構えなど指導してくれています。
そんな女性起業家だった母親は、僕と妹を立派に育て上げ、社会へ送りだしてくれました。
今ではそんな完璧すぎた母親に、本当に感謝しています。
だから、僕も子育てしながらビジネスや起業で頑張っている女性起業家を少しでも応援できればという思いで、支援活動をしています。
こんな僕ですが、どうぞ宜しくお願いいたします。
