朝ドラ原作本に推薦します

 

 

玉岡さんの本は以前に「負けんとき」を読んでいます。副題の「ヴォーリス満喜子の種まく日々」で分かるように、滋賀県は近江八幡の偉人のメレル・ヴォーリスの奥さんを描いています。この時もこの本を原作にして朝ドラにならないかな?と思ったものでした。

今回の本も、主人公は女性です。時代も明治からの近世。この二つは朝ドラの最低限の条件をクリアーしているでしょう。そして、半年にも及ぶ朝ドラは、すごく大量の脚本を書けるネタが必要ですが、この本はハルの幼少期から活躍する時期から晩年までを描いているし、登場人物もエピソードも十分。ハルさん以外にも時代を生きる女性が複数登場しているのも好条件だと思うのです。

 

問題があるとしたら、ハルさんはやっぱりこの時代の女性の先頭に立って、旦那を支えたり、運動の同士では有りますが、先駆者ではありません。また、宗教を抜きにはこの夫婦の活動は描けないと思うので、それが国営放送がどう考えるかな?

 

 

 

  旦那はノーベル賞候補にもなったスゴイ人

 

 

読後の一番の感想は「この時代の女性像だなぁ~」です。旦那はノーベル賞候補にもなったそうです。しかし、出会った頃の彼は、スラムに住んでいて、布教をしながら、わずかな収入も貧しい人達に分配してしまいます。

 

そんな彼を支えるのですが、「嫁」というニュアンスとは違うのです。「同士」が近いかな。でも、彼女は旦那に惚れています。旦那はずっとそういう感じじゃないんだよなぁ~。この時代の男はこんなでしょうか。

 

ご主人になるのは、賀川豊彦。私は全く存じ上げなかったです。後からネットで検索したりすると「ノーベル賞候補になった」という情報に巡り合います。へぇ~スゴイ人だったんだぁ~。今でいうなら「活動家」ですね。

 

裕福と思える家庭で育っていましたが、出会った時は、肺病持ちのキリスト教の牧師さん。わずかな収入も貧しい人に配ってしまいます。自身は南京虫がうじゃうじゃいるスラムに住んでいるのですが、夢だけは大きくて、このスラムの住民や神戸の労働者をなんとかしたい、そして日本を変えたいという希望を持っています。

 

この夢の実現にすこしづつ進めるのですが、この本の主人公のハルさんの協力が不可欠です。ええとこのお育ちのボンボンは「こいつ金銭感覚どうなってるの?」と思えるくらいです。少しのお金でも有れば、夢の実現に使ってしまいます。一時、失業者向けに「歯ブラシ工場」を建設します。しかし、労働意欲の低い従業員は不良品や横流しが横行して、この事業は頓挫してしまうのです。それに、この程度の歩みでは、彼が抱く世界の実現にはほど遠いのが実情。

 

しかも、ほどこしなどの中途半端なお金の使い方は弊害も生みます。賀川のところに行けばとお金を無心する人が出てきます。子供の為とお金を渡しても、また酒に変わってしまい、乱暴を働いたりするのです。これらの対処の多くが、ハルさんの負担になります。

 

 

  窮すると救いの手が

 

 

読んでいると、本当にこのまま病に倒れてしまうのでは・・・・と思えるシーンが何度も登場します。しかし、どこからか手が差し伸べられます。これがまぁドラマみたいでもあります。

 

「神の力?」とも思えますが、一生懸命な二人には、助けたくなるようなオーラが有るのでしょうか。後には敵対することになる資本家のみなさんも、彼の理想にお金を出してくれたりします。

 

 

  魅力的な女性は他にも登場します

 

 

親戚筋にあたる美鶴さんは、おじょうさま育ち。若い時のハルさんとしては、まったく反対側の女性です。彼女の立ち振る舞いや言葉は、意図してないのですが、ハルさんの心を傷つけます。

 

作家を志している数帆さん。彼女は最初「相場師になりたい」と登場させています。女性の物書きなど全く認められていない時代ですが、なんとか食っていかなくてはなりません。

 

芸者上がりの紀和さんは、今は会社の副社長の後妻さん。敵対することになる時もハルさんのことを応援してくれます。

 

これ以外にも大正期の女性(与謝野晶子、平塚らいてう、市川房江さんとか)も沢山登場します。

 

この点も「朝ドラ向き」だと思うのです。また、物語の初期に登場した女性達が、後半になって「伏線回収」のように登場してくるのも「朝ドラ向き」に思えました。

 

 

 

  キリスト教のこと

 

 

市内のキリスト教の教会のご家族と親しくさせてもらっています。きっかけは愚息×2名を当時この教会の保育所で預かってもらっていました。廃業の後、近くに引っ越してきてまたお付き合いが復活したのです。

読書や自転車旅をしている時も「教会」や「キリスト教」に目が行くようになりました。市内の教会はプロテスタント系です。私は宗教改革後の宗派と捉えています。(違っているかもですが)この本ではどう描いているかな?はちょっと注目しながら読んでました。記述としては、ハルの父親の勤める会社で

今やプロテスタントでは日本語の聖書といえば、すべてこの会社で印刷されたものといってよい。

の記述がありました。

また、この工場で礼拝をするのですが

神戸では、近くの教会から牧師を呼んで、礼拝を~

の記述もありました。牧師さんはプロテスタントで、神父さんがカトリックなのです。読者さんにはどちらでもこの本の主旨たる所には関係ないのですが、私はこの熱心な布教活動などからプロテスタントを意識しました。古い歴史を持つカトリックは日本に置いても、荘厳な教会など権威を感じますね。(仏教も同じように感じます)

 

玉岡さんもクリスチャン?と思いながら読んでいました。後から、インタビュー記事をググってみると、wikiには書いて無かったのですが、玉岡さんご自身がプロテスタント系の大学に進学したことが書かれています。ただ、洗礼を受けたという記述は有りませんし、エッセイ本の「にっぽん聖地巡拝の旅」では、各地の神仏(高野山や東大寺など)に出向かれています。

 

↓インタビュー記事です。